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母の教え

 母が教職を辞してすでに30年。先日教え子の女性、Yさんが小学校を卒業して以来初めて母に手紙をくれました。そこには当時Yさんの両親が離婚したばかりで寂しい日々を送っていた時、担任の母が小学生の彼女をいかに力づけたか、それがいかに嬉しかったかという感謝の気持ちが綴られていました。そして医師になった今は夫と娘に囲まれ幸せな生活を送っていることも書き添えられていました。

 Yさんは両親の離婚に伴い祖父母が住む町の小学校へ転入することになったのですが、書類の関係で校長が転入を拒もうとした時、母が猛然と怒り校長を説得して転入を認めさせたそうです。

 80歳を過ぎたころ母に痴呆症状が見られはじめ、大学病院の専門家を訪ねたことがあります。カウンセラーから、「教師にとって一番大切なことは何ですか?」と聞かれた時、母は、「愛情を精一杯そそぐことです」と答えました。カウンセラーはさらに「でも生徒がその愛に背いて離れていったらどうしますか?」と質問。そのちょっと意地悪な質問に答える母のことばに私はとても感動したことをよく覚えています。「そのときは黙って行かせます。そしてもし傷ついて帰ってきたらぎゅっと抱きしめてやります」。

 母は53歳になった時、定年まで数年を残して突然退職しました。理由を尋ねたら、「このごろ、こどもがみんなかわいくてしょうがない、こどもを叱ることができなくなってしまった。こどもを叱れない教師にはもう教師の資格はない」と言っていました。

 そして私自身が53歳になった時、高齢の両親をみるために大学の職を捨てるにあたって私にはなんのためらいもありませんでした。母のまねをしてみただけです。

本誌:2004年10.11号 13ページ

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