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近代化は文明か?

 先日、初めて改装成った岡山駅から津山線に乗りに行った。まず慌てたのは、岡山駅の入り口がどこか分からん。教えてもらって入ると、駅というよりも商店街の感である。中をウロウロすると、食べ物屋から本屋、薬屋、雑貨屋、洋品店やらゴチャゴチャ。まさに混成百貨店の感であった。

 最近とみに視力が低下しているボクにとって、どの店が何をしているのか、さっぱり見当がつかぬ。やっとそこを通り抜けたが、今度は津山線のプラットホームへの行き方が分からぬ。やたら立っている案内人に尋ねたら、親切に教えてくれたが、津山線のホームに行くには以前より大回りし、しかもこのホームだけエレベーターもエスカレーターもない。大改装というより、大混乱改装というのが、ボクの第一印象であった。まだ未完成の由だが、今のところは複雑怪奇である。

 そのうち段々慣れてくるとは思うけど、とかく最近の改装は、この類のものが流行るらしい。ボクの持論は、公共施設は迷路のような混乱するような設計ではなく、すきっと四角型に造る方がいいと思う。まるで設計屋の流行遊びだ。

 とはいえ、これを決定するのは当局者である。責任感がないから、こんな設計を容易に認めるのであろう。駅は交通機関が使命である。いくら民間経営になったとは言っても、何でも儲けばっかり考えるべきではない。

 JRについてもう一言。今の新幹線をさらにスピードアップする計画が進んでいて、先般その試験走行中、ちょっとしたトラブルが起きたらしい。何を急いで巨額な研究費を投じ、これ以上スピードアップする必要があるのだろう。現状で結構ではないか。それよりも、現状で料金ダウンを図れば、そっちの方がありがたい。

 今、目的としている自慢のスピードアップが万一、事故を起こしたら、どのような悲惨な状態が起きるのかは、想像に絶する。ある学者の実験データによると、一瞬にして木っ端微塵。それから先の状況については、あるマスコミが書こうとしたら、「その記述だけは削除してくれ。あまりにも悲惨すぎる」と原稿の抹消を頼まれた。

 戦争と同じく、限りないスピードアップもまた死への道を辿る結果になるのではなかろうか。科学進歩と言う名に悪乗りしている近代人の反省点であろう。

本誌:2006年10.30号 26ページ

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