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巻頭特集天満屋倉敷店移転対策

地元商店街は温度差鮮明  依存度で積極派、受け身派、無関心…etc

  • 倉敷センター街。左側が天満屋で商店街と一体化している。

 JR倉敷駅前の「くらしきシティプラザ東ビル」(倉敷市阿知1-7-1)への倉敷店移転を決めた(株)天満屋(岡山市)や地権者団体らが集まり、10月25日に出店仮調印を締結。来年3月開店予定で、三越撤退後の同ビル再生に向け動き出した。一方で現倉敷店は閉鎖。これに対し、影響を受けるはずの地元商店街の動きは鈍く盛り上がりに欠ける。各商店で温度差があり足並みが揃わないからで、意欲ある商店主の間では危機感も相当強い。


 倉敷市がまとめた18年度消費者動態調査(昨年7月実施)によれば、JR倉敷駅前の商店街の通行量は日曜日7万7019人、平日7万5552人。16年度調査との比較ではそれぞれ17.1%減、14.6%減となった。20年前の日曜日は15万人を超えていたが、それが今では半減。チボリ開園時を除きずっと右肩下がりだ。

 さらに、岡山県中小企業団体中央会と県商店街振興組合連合会がまとめた来街者実態調査(昨年11月実施)では、回答者649人のうち商店街でよく行く店として145人が天満屋倉敷店と回答しダントツだった。

 そうした中で、同店が移転すると今後商店街にどのような影響があるのか。想像に難くない。

 現倉敷店は閉鎖し解体

 天満屋では10月25日の出店仮契約調印式に出席した國末義典常務、木住勝美取締役が会見。倉敷店を三越跡に移転し現店舗を閉鎖する方針を正式に打ち出した。移転後の現店舗跡の利用法は「全くの白紙。中心市街地の活性化に役立つような施設を検討する」とした。具体的な計画は「未定」だが、もともと老朽化が著しく消防や耐震面で難点があり、自社ビルである現倉敷店の解体は不可避だ。

 これに対し、地元商店街の反応は当初移転反対が大勢だった。商店街の集客の核の移転で人の動線が変わる可能性が高いからだ。そのため、17年3月に牽制する意味で現店舗への残留の要望書を倉敷市と天満屋に提出している。

 その後、天満屋が三越後継店に正式に名乗りを上げた直後の同年12月に地元説明会を開催。商店街から約40人が参加した。参加者によると、その時の天満屋からの話では、同社の選択肢は(1)イオンモール倉敷への出店(2)三越跡への移転(3)倉敷市から完全撤退-の3つだった。現倉敷店について具体的な提案はなかったが、「閉店後の跡地は売却しない」という話だった。

 かつて商業施設の話も

 そのため、地元商店街では「(1)と(3)は郊外との競争や地域間競争で駅前商店街がますます不利になる。ベストではないが譲歩し三越跡への移転もやむをえない」(ある商店主)という考えに傾いた。

 また、同社からの正式な話ではないが、その当時「1階から2、3階までを商業施設、その上を高齢者向けマンション」という説が関係者の間に流れた。一応集客施設ということで、移転・閉鎖反対の動きも収まった。

 さらに、この2年間、三越跡誘致活動の方も、市や商工会議所などで組織するくらしきシティプラザ東ビル対策会議と一括転貸に反対する地権者との調整が難航し、目立った進展がなかった。途中、天満屋との誘致交渉が決裂寸前までいったという話もあり、移転の話の現実味も薄れた。イオン増床の問題も浮上し、そちらに関心を取られた面もある。

 そうした中、ここにきて急転直下。10月に天満屋と東ビル管理組合法人などで出店仮契約となった。“仮”とは言え、移転が現実味を帯びてきた。

 ところが、今回は事態が急展開し唐突だったためか、倉敷商店街振興連盟(商振連)にしろ、一番影響が大きそうな倉敷センター街商店街振興組合にしろ、移転についてどう要望し、どう対応していくのか、現時点で意見集約ができておらず、まとまった動きは見られない。

 イオン開業時には、商振連を中心にイオン対策で一致団結し盛り上がったが、今回は外部からみると「おとなしい」という印象。むしろ、温度差が鮮明になり足並みの乱れが浮き彫りになった格好だ。

 例えば、天満屋への要望姿勢では大雑把に「地域への影響が大きく、積極的に働きかけるべき」という積極派、「私企業の他人の土地にとやかく注文つけるのはどうか」と天満屋からの動きを待つ受け身・慎重派、もともと無関心派―など。

 駅前商店街と言っても、センター街、倉敷えびす通り、倉敷えびす、倉敷本通りなど複数の商店街が連続し構成している。「それぞれの商店街で立地条件が違う。天満屋への依存度が違い移転の影響度も違う」。美観地区に近い本通りでは、今年度中にアーケードを撤去。老朽化に加え資金的に維持が困難となり撤去するが、同時に美観地区との一体感を演出。観光客の誘致を図り独自の路線を追及する。このアーケード撤去も実現まで難航したが、直面する課題も各商店街で異なっている。

 また、各商店街の振興組合内でも商店ごとに温度差がある。足並みが揃わない理由として、むしろこちらの方が大きいようだ。

 昭和の全盛期には商店主が商店街内に居住、商売兼生活の場であり、子供同士が小・中学校の同級生というケースも多く一体感は強かった。しかし、現在は商店主が商店街に通勤する時代。また、商店街の外で意欲的に多店舗展開する店がある一方、店主の高齢化に加え後継者難で近い将来閉店を想定している店もある。商店ごとに今後の事業意欲や立場が違うからだ。

 双方に今夏役員が交代

 さらに、双方に交渉窓口が交代。天満屋側は常務の高野勝氏が7月に辞任。地元側も、8月に倉敷商店街振興連盟の会長が交代し、料治敬一氏が再度会長に就任。センター街の振興組合も8月に大倉正廣氏が再度理事長に就いた。

 双方が新体制になり2カ月以上が経過したが、11月4日時点で「新体制になってから、まだお互いに会って話をしていない」(大倉理事長)と言う。地元側では現在の天満屋の意向が分からず、どう動いてよいか判断しかねている面もある。

 今回の出店仮契約はあくまで“仮”で、まだ反対の地権者が1人いる。今後どうなるか先行き不透明。最悪の事態も想定され、「移転が正式に決まったわけではない」。そのため、「お互いに動きようがないのでは」という見方もある。

 料治会長は「商店街としての力を発揮するためにも、まとめていかなければ」と話す。

 ただ、足並みが揃わない中で、共通しているのは意欲ある商店主らの潜在的な危機感だ。それはそれぞれの振興組合の枠を超え、センター街やえびす通りは言うに及ばず、一番離れている本通りの商店主も「確かに離れてはいるが、天満屋移転の影響がないはずはない」と強い危機感を抱いている。

 さらに「三越跡と商店街の間に国道がある。国道で人の流れが遮断され、天満屋(新店)から南側の商店街に流れて来なくなるのでは」と危惧する。倉敷市が新店舗の受け皿として旧三越東側の区画整理地内に駐車場を整備する予定だが、それも国道北側で商店街側ではないからだ。

 また、仮に天満屋側で次の具体的な計画があったにしても、現店舗の解体工事から新ビル完成・オープンまで長期間のタイムラグが予想される。一部に「暫定的に駐車場」説まで出ているが、いずれにせよ、「その間に経営体力的にもたない商店が出てきそうだ」という懸念もある。

 市も商店街振興に支援

 特に今回の天満屋移転対策というわけではないが、倉敷市では、中心市街地の活性化策として商店街振興に力を入れている。昨年度に倉敷市商店街活性化協議会(事務局・倉敷市産業振興課)を発足させ、活性化に向けアイデアを公募。それをもとに19年度に商振連や各振興組合で事業計画を策定し市に提出、現在市で内容を精査している。来年3月の協議会で事業を決定するとともに、市で補助金を予算化し、20年度から取り組む予定。

 JR倉敷駅前の三越跡の東ビルは倉敷市の顔でもある。その早期再生は最優先課題だ。同時に、隣接する駅前商店街も倉敷チボリ公園と美観地区を結ぶ街の顔。商店街のこれ以上の衰退は同市の衰退でもある。

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