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千の風になって

 少し前まで「おさかな天国」の軽快なリズムが流れていた近所のスー パーのBGMに異変が生じました。今や社会現象といってもいい「千の風になって」がついに、スーパーにまで進出してきたのです。

 朗々としたテノールが店内に流れてくると、心なしか賑やかな売場におごそかな静寂が広がってくるような気さえします。「千の風になって」は、日本中に感動の風を吹き渡らせ、昨年末は紅白歌合戦にも登場。

 新聞の論評では繰り返し日本人の死生観とからめて論じられ、実際、投書欄には、いかに多くの人がこの歌によって心の平静さを取り戻すことができたか、感動の手記を寄せています。

 しかし、私はこの歌が苦手。「かなわんな!」という気持ちかな。老若男女を問わず、人々の心にスッと入り込んでしまうところがまず気にいりません。

 端正でクラシックな顔立ちの秋川雅史のやや低音に傾くテノール も、抵抗しがたいものがあってキライ。 (実際の秋川氏は祭りが大好きなラテン気質の若者のようですが)。

 二番目の「かなわん」は人間の死という絶対的な喪失を「風になって吹き渡る」などと、軽く受け入れやすいイメージでカモフラージュしてしまい、死の意味を深刻に問う機会を奪っていること。

 早い話、自殺願望を持った若者たちに「さあ、風になって野原を自由に吹き渡れ」という誤ったメッセージを送ってはいないかと心配です。

 逆説的な言い方になりますが、 「千の風になって」に慰められる人 がこんなにも多いということは、心安らかに故人を見送ることができなかった人がいかに多いかを示唆しているように感じます。

 願わくば、このような歌はスーパーの店頭で流したりせず、深夜人知れずそっとヘッドフォンで聞いてもらいたいと思います。

本誌:2007年6.18号 12ページ

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