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“誰でもよかった”

 秋葉原の通り魔事件以来、類似事件があちこちで頻発しています。こうした事件の凶悪さ、結果の悲惨さに比べると、犯行動機がきわだって幼稚なのに驚かされます。

 一連の事件はおおざっぱにいって2つのタイプがあるように思えます。1つは事件を起こすことで自分の存在を周りの人にアピールするタイプ。

 「親がかまってくれなかった」、「世間に無視された」、「ネットに犯行予告を書いたのに誰も本気にしてくれなかった」など幼児が親の気を引こうとしてすねたりふてたりするのとそっくり。

 もう1つは、厭世的になり自殺しようとしても1人ではいやなので、見ず知らずの他人を道連れにしようというタイプ。

 JR平塚駅で女がナイフで通行人の男性7人を次々と刺した事件の動機は、「父親を殺したいと思ったが、それもできず、人を道連れにして死のうと思った」とのことです。
 死にたいのなら1人で青木ヶ原の樹海に行け、とでもいいたくなるような支離滅裂な供述です。

 しかし彼女の言葉には、家族間の葛藤が家庭内で解決できないとき、その暗い情熱が外に向かって流れ出し、見ず知らずの人を道連れに破滅に向かう“未熟成人”による犯罪の特徴がよく表れています。

 家庭が家族1人ひとりを育ててゆくホームとして機能していないばかりか今や最大のストレスの温床であり、ときには家が戦場にさえなっている現代社会、この構造が変化しない限り“誰でもよかった”殺人事件が終息に向かうことはありえないと思います。

本誌:2008年夏季特大号 16ページ

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