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連載記事

平成つれづれ草136回幕引きは知事がやるべきだ。

チボリの幕引きは、知事が自分でやるべきだ。
岡山県民は、誠実かつ正直に対応する人を好む。

 暑さを吹き飛ばすカミナリによる激しい雨。今年は暑いから、まだ積乱雲によるカミナリが鳴るだろう。

1.歴史に学べ

 1930年代(昭和5年~)は世界恐慌から始まって日本恐慌へと経済は不景のどん底時代へと。世界は、戦争へと突き進んだ。大学は出ても就職できない。東北地方はみじめさが深刻で貧困のため娘を売る生活を強いられた。青年将校が世直しを叫び政治家を標的に2・26事件が起こるなど、騒然とした時代であった。

 政治を変えるという「憂国の士」はいたが、無差別に一般人を誰でもよいからムシャクシャした気分を晴らすため手当たり次第に殺すということは無かった。

 バブル崩壊後、就職できなかった世代の人が、フリーターなど定職がないため世の中を逆恨み、あるいは、家庭崩壊が原因、さらには、些細なことで切れるということが事件の背景の原因らしい。忍耐力が乏しく足腰が弱いということも確かだ。

 どうすれば、世の中を無差別殺人から救えるか。政策も色々品揃えされているようだ。教育に基本的な欠点があったともいえる。しかし、それだけで、解決できる問題ではあるまい。やはり、日本の過去の歴史を学び、時代を対比させてどうするかを考えることも大切ではないか。

 労働の大切さを、身をもって示すことが若年層を立ち直らせる一方策ではないかと思う。各層の老若男女が、真剣にどうするべきか考えるときだ。

2.事業にも“こころ”がある。

 「おかやま適塾」でチボリの坂口社長が講演した。「事業のこころ」とはすなわち◎お客様のこころ◎社員のこころ◎株主のこころ◎近隣の方々、県民、市民のこころ◎取引先の方々のこころ等々である。

 いわれてみれば、その通りである。私は若干名の職員を雇用し、専門的な仕事を30年以上やって今日に至った。考えてみれば、“こころ”がそれなりにあった。これからも、“こころ”を大切にしたいと思う。

 翻って、チボリ公園を思う時、今の公園を大切に継続していきたいあるいは形を変えて残したいと真剣に考え努力している人達が多いなか、県税を投入するのだからもう閉園にしようという考えもある。いずれもそれなりに説得力がある。ただチボリ公園は岡山県が「総合福祉計画」の一環として始めた公園であることを忘れてはならない。

 事業は、成功することもあれば不成功に終わることもある。成功しなかった場合に解散したいと思うのも人情である。問題は岡山県が始めた事業だから、幕引きも岡山県の代表である県知事がみずからの手でやるべきだ。

 しかるに、自分の口からは閉園を言わないで周りの取締役に解散の動議をさせて、自分はいい子になりたいという姿勢に対して、反感を抱いている。

 株主代表訴訟を恐れているらしいが、どうあがいてもどのような小手先の手法をとってもチボリの会長であって指導的役割を果たしてきたのだから、道義的にも法律的にも逃げることはできないのである。

 結論的には、県知事自ら解散の発言をして、実際に解散するのが一番よい方法なのだ。解散後どうするかについては、県は考えなくても、すでにある程度方針は煮詰まっている。要は、「ああいえばこういう」人はいない方が話はしやすいし、次のステップに進めるということなのだ。
(H20・7・30)

本誌:2008年夏季特大号 45ページ

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