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平成30年

 また新しい年の始まりです。今年は平成30年、夏に誕生日がくれば私はちょうど満70歳になります。自分の年齢と平成の年号がこのようにシンクロしていたとは今までまったく気がつきませんでした。

 平成という年代を私の人生に当てはめてみると41歳から71歳に相当することになります。このように人生のいちばん充実した時期を過ごしてきた歳月が平成時代だったのに、意識としては自分は昭和の人間以外の何者でもないな、と感じます。

 このように思ってしまう理由は、ものごころがついて以来学校に通い就職もして自分なりの人格がひととおり整った時期が昭和だったことによるのでしょう。大正6年生まれの父は大正時代を過ごしたのはわずか10年足らずで、その後昭和時代を63年、そして平成時代も25年も生きたのにもかかわらず、本人は「大正デモクラシー時代の知識人」という自覚を終生持ち続けました。まさに「三つ子の魂百まで」の格言どおりです。

 年明け早々、地元出身で日本の野球界に大きな功績を残した星野仙一さんががんでなくなったことは国内外に大きな衝撃を与えました。生涯大活躍をした星野さんですが、やはりイメージとしては「昭和の男」そのものではないでしょうか。

 こうしたことをあれこれとりとめなく考えていると、人生の節目となる幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期のどの年代も大切であるし意義深いものですが、決定的に重要なことは、人は幼年期と少年期をいかに豊かですぐれた環境のもとで過ごすかということだと思います。

 貧困の連鎖がもたらす不幸ほど大きな不幸、不平等はありません。豊かな家に生まれついたかどうかでその後の人生が決まってしまうような社会を今のまま放置することはすべての人にとって大きな損失です。

 そこで声を大にして言います。国は老齢者対策はほどほどにして、子どもが少なくとも15、6歳になるまでは家庭環境の優劣の影響を受けることなく、その後の人生の根幹をなす教育を受けられるよう全力でサポートする体制を整えるべきであると。平成30年は、今までの口先だけの少子化対策を根本的に改める最初の年にしてもらいたいものです。我々シニアは自分自身で老いの始末をつける覚悟はあります。どうぞ子どものためにお金を使ってください。

本誌:2018年1.22号 18ページ

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