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経営者の決断子会社経営危機転機にグループ再編成し遂げたシモデングループ代表永山久人氏

「親族経営のツケ社員に負わさない」 かせに変容した伝統からの脱却

 2011年の創業100周年を前後して20社を超える企業からなるシモデングループ再編を断行したシモデングループ(岡山市)の永山久人代表。親族分業の企業文化と対峙し、時代に合った効率的な強い組織への転換を決断する発端となったのは、傘下企業の相次ぐ経営危機だった。金融機関の勧める「切り捨て」ではなくあえてイバラの道となる再生の道を選択した決断に迫った。

 大正2年開業の鉄道経営に始まり、現在公共交通、住宅、観光、運輸など多岐にわたる事業を展開するシモデングループでは、下津井の町議、実業家として創業を主導し後に2代目社長となった永山久吉氏以降、永山家による経営が受け継がれてきた。特徴的なのが、息子らに傘下企業の経営を割り振る特殊な親族経営。現在のシモデングループは鉄道、バス事業を継いだ久吉氏の二男一己氏の系譜で、長男繁氏は現㈱下電ホテルを引き継ぎ、四男久男氏はタクシー事業を足掛かりに岡山プラザホテル㈱、㈱MGH、岡山コンクリート工業㈱などからなるときわグループを後に創設するなど、それぞれ独立した企業グループを形成した。

 01年に一己氏の長男久也氏を経て久人氏が下津井電鉄㈱社長に就任した際には、一己氏の二男靖介氏(当時下電開発㈱社長)、三男昭彦氏(同下電タクシー㈱会長)との3人体制。グループの伝統として互いの経営に口を出さない「相互不干渉」が厳命されていた。

連携に生まれたひずみ

 この相互不干渉が問題だった。お互い甘えず、思う存分手腕を発揮するためのものだったが、いつしか互いの実情を知らず、グループ間取引もない状態を生んでいた。例えば住宅を受注した際、外構工事をグループ外へ発注するなど、住宅部門だけで年間5億円が外部へ流出していたという。連携による総合力が求められる現代においてあまりに不合理な状況だった。しかし社長就任当時は「改革の必要性は感じていたが、叔父たちが元気な今ではないと思っていた」と振り返る。

 状況が一変したのは08年。下電タクシーの経営不振が発端だった。負債総額は年間売上高と同規模の13億円。02年の規制緩和による新規参入で競合が過度に激化し、経営環境が悪化したためだった。さらに間を置かず下電開発が30億円もの負債を抱えていることが発覚した。中核2社の経営危機。特にバブル期に投資した不動産などの負の遺産が一気に噴出した下電開発の状況は深刻で、衝撃が大きかった。

 下津井電鉄本体の経営は堅調で資金も潤沢。一方下電開発はグループの中核とはいえ実質は資本、指揮権とも別系統の独立した企業。一部金融機関は同社の切り捨てを迫ってきた。

 貸し付けもなく、切り捨てれば被害はほぼ回避できる。合理的に考えれば、金融機関の要請を受けることは当然という考えが久人氏の頭をよぎった。

金融機関の非情な要請

 しかしここから苦悩が始まる。父久也氏から叩き込まれた「企業の存在意義は社会に役立つこと。経営者が頂点なのではなく、客に近い社員を管理職、経営者が支える逆ピラミッドこそあるべき姿」という経営哲学のためだった。

 関西高校3年の冬以降、大学時代には長期休暇のたびに、父の指示で傘下企業で修行。誰よりも早く出社しカギを開け、誰よりも遅くまで残り戸締まりするなど、現場社員と苦楽を共にする中でその思いは一層強く刻み込まれていた。従業員は2社で約350人。「経営の失敗は経営者と管理職の責任。一般社員には罪はない」「だからと言って、その負担をほかのグループ企業・社員に負わせていいのか」と苦悩する眠れぬ日々が1カ月以上続いたという。

 悩み抜いた末その背中を押したのは、逆境にこそ燃える気質と、「このピンチをいびつな親族経営から脱却し時代に合ったグループへ改革するチャンスにできるのでは」という思いだった。

 腹は決まった。旧知の弁護士、会計士を交えたプロジェクトチームを立ち上げ、再建計画の作成に入った。金融機関の要望を退けた上で返済猶予などの支援を取り付け、さらに改革も実現しなければならない。下電タクシーは、本業を下電観光バス㈱に譲渡し資産管理会社として存続、本社跡の賃貸収入で負債を返済していくスキームを早期に構築できたが、下電開発は行き過ぎた相互不干渉から実態の把握もままならない状況で、金融機関から報告内容の食い違いに「親会社が知らないはずがないだろう」と叱責されるなど難航。メンバーが1人、2人と過労で倒れ、久人氏まで4日間寝込む過酷な作業を続け、約1年後ついに下電タクシーと同様の手法で負債解消を図る再建計画を策定。10年には金融円滑化法による返済猶予と債務を株式化するデット・イクイティ・スワップ(DES)を活用した再建と改革を始動した。

 改革する上で特に苦痛を伴ったのが親族への退陣勧告。家族ぐるみで仲が良かっただけに、それを壊すことに心を痛めながら、1人ひとりに告げていった。親族役員は9人から久人氏と昭彦氏の二男久仁彦氏の2人のみとなり、役員自体も約90人から半減。退陣を告げられた本人は経営責任を粛々と受け入れたが、家族同士の付き合いは途絶えてしまった。

 しかし、苦難の末11年にはグループの指揮権を1本化、旅客運輸、住宅、販売、財務に整理された各社が連携しながら成長を目指す体制が整った。

 スリム化でグループ年商は下がったものの5年間で経常利益がおよそ4割上昇するなど改革の成果は上々だ。昨年8月には債務を1本化し管理する㈱シモデンファイナンスも設立。体制はさらに盤石なものとなった。

後から知った先代の思い

 久人氏には忘れられない言葉がある。再編の形がようやく見えたころに3代仕えた元役員から掛けられた「先代がやりたかったことを、ようやく実現できましたね」という言葉。相互不干渉を貫いた父のこととは思えないあまりにも意外な言葉だった。「今にして思えば、経営者として改革の必要性を感じつつも、長男としての責任感がそれをさせなかったのかもしれない」と胸の詰まる思いがしたという。

 振り返ると「2社の経営危機がなければ、改革に踏み切るのは難しかっただろう」と久人氏。逆境をチャンスに変えた変革者は今、教育分野への進出を模索するなどさらなる成長を目指している。

シモデングループ概要
代表者 永山久人
所在地 岡山市北区大元駅前3-61
創立 1911年
企業数 16社
従業員数 約1000人
売上高 142億円(2016年度)
事業内容 旅客輸送(路線バス、貸切バス、タクシー)、旅行、サービスエリア運営、住宅、リノベーション、不動産、建設・造園、貨物運送、機械設備、人材サービス、特別養護老人ホームほか

本誌:2018年1.22号 4ページ

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