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連載記事

パリのめぐり逢い

 喫茶店で新聞(読売6月21日)を何気なく見ていたら「顔」というコラムに目がとまりました。そこにはこの春東京丸の内にオープンした三菱一号館美術館初代館長に就任した高橋明也(あきや)氏(56)のプロフィールが紹介されていました。真新しい美術館の館長さんとは一面識もないのになぜか初対面という気がしません。

 もう40年も昔のことですが、ヨーロッパ旅行中、パリにも2、3日立ち寄りました。ホテルはコンコルド橋を渡ったところにある国民議会の壮麗な建物(ブルボン宮)の近くにありました。

 人気(ひとけ)のない早春の午後、散歩に出かけブルボン宮の横にさしかかったとき向こうからダンディな日本人紳士が歩いてくるのが目に入りました。あっ!早稲田の高橋彦明先生、大学1年のときフランス語を教えていただいた!それはほぼ10年ぶりの再会でした。

 「先生、近くのホテルに滞在しているのですが、コーヒーでもいかがですか?」とお誘いしました。マンモス大学で第2外国語としてのフランス語を履修しただけの学生を覚えておられるとはとうてい思えなかったのですが、先生は「覚えているよ」とおっしゃってくださいました。

 私が大学図書館で働いていると申し上げたら「うちの息子は芸大の大学院に行っているけれど、学芸員の就職口が全然なくてねえ。本当に困っているよ」としみじみ心配されていました。それは大学教授の顔ではなく温かい父親のまなざしでした。

 その息子さんというのが高橋明也氏で、お父さんの心配をよそにちゃんと国立西洋美術館に職を見つけ、「バーンズ・コレクション展」や「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」を企画されるなど大活躍され、また19世紀のフランス美術に関する著作物を多数書かれています。

 学生時代にお世話になった先生に後年パリの街角で偶然再会し、その時話題になった息子さんに今また新聞紙上で出会う不思議さ。いや不思議でもなんでもない、こんなこと、人に話しても「それがどうしたの?」という類の話でしかないかもしれません。

 しかし、それでも時折こうして何かの摂理によって懐かしい人にめぐり逢うことがあるのはやはりある程度長い人生を生きていればこそ、と思わずにはいられません。

本誌:2010年7.5号 14ページ

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