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イディオシンクラシー

 映画のワンシーン、ニューヨークのインテリ家庭。売れっ子詩人である才能豊かな妻に嫉妬する無能な亭主に妻が吐き捨てるように言います。「あなたのイディオシンクラシーにはもううんざりよ」。

 idiosyncrasyとは辞書には「特異性、性癖」などと載っていますが、分かりやすい例を挙げると、例えば近所のおばあさんが毎日洗濯機を回しているが中に洗濯物はなくて水だけ回っている……。そういう意味不明の奇妙な性癖がイディオシンクラシーです。

 当年65歳になる兄のイディオシンクラシーには親の介護を巡って私の悩みは深い。車を離れるとき決まってカーエアコンをOFFにする癖、食器棚の皿を変に並べ替える癖、なぜどうでもいいことにいちいちこだわるのか理解に苦しみます。そして94歳の父のために地デジ対応の大画面液晶テレビを購入したのが予期せぬ新たな悩みの始まりでした。

 ハッとするほど美しい地デジ映像ですがさらに5種類ほど映像モードが選択できるようになっています。私には映像が抑え気味の[普通]が一番見やすいし、自然な色調で目が疲れないので目が弱ってきている父のためにも[普通]にしています。そもそも工場出荷時の設定が一番きれいな絵作りになっています。

 ところが兄が帰ったあとは必ず画面がギラギラ、テカテカ。目が痛くなります。そう、憎っくき[ダイナミック・モード]に画質を変えているのです。そもそも兄が父のテレビなど見ているわけでもないのに何というおせっかい。本当にイライラ。

 こうして[普通]→ [ダイナミック]→ [普通]→ [ダイナミック]とエンドレスの戦いが始まりました。何だか子供のころのチャンネル戦争の再来の観があります。ところが無限に続くと思われたこの戦争、意外な結末を迎えました。

 私が父に[普通]と [ダイナミック]のどちらが見やすいか尋ねたら予想に反して「ダイナミックの方がきれい!」というのです。何だそうだったのか!、これからは私が兄をイラつかせる番です。私が介護を担当したあと[普通]にしておく、兄がイラついて[ダイナミック]に戻す……、でも以前との違いはイライラ作戦の主導権を持っているのは私です。

 弟の私も相当イディオシンクラティックな人間でしょうか?

本誌:2011年8.22号 14ページ

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