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映画「ノルウェイの森」

 昨年末、村上春樹原作の映画「ノルウェイの森」が封切りされさっそく見にいきました。観客は20代の若者が多かったのですが、中には村上春樹と同世代の熟年組もちらほらいました。私もその1人。

 村上春樹その人がモデルとなっている主人公のワタナベ君が地方(神戸)の高校から1968年の春、早稲田大学に入り、そこで高校時代の友人・直子に偶然再会するところから物語が始まります。

 映画では当時の早大キャンパスの様子が細心の注意をもって再現されておりひとつひとつのシーンに心が大きく揺さぶられました。私自身ワタナベ君とまったく同じ時期、同じ場所にいたからです。

 1968年からの3、4年間、大学も社会も大荒れでした。10.21国際反戦デー新宿騒乱事件、三島由紀夫のクーデター未遂事件、凄惨をきわめた連合赤軍リンチ事件、沖縄返還、日中国交回復など大きな出来事が次から次へと目の前で起きていた時代です。  

 ワタナベ君がこうした政治的な状況から距離をおいてもっぱら直子やクラスメートの緑との関係を深めていったのと同様、私も将来の展望がないまま学生生活を中断してアルジェリアに行きました。ろくにフランス語もできないくせにプラント建設現場の通訳としてけっこうな給料をもらい貯金もできたので1年後帰国して早大に復学したのですが、もはや「ノルウェイの森」に描かれたような雰囲気は大学からも東京からも完全に失われていました。
大正生まれの父が太平洋戦争のことを子供らにほとんど語らなかったように私も下の世代の人々に60年代末から70年代初めの疾風怒濤の時代を語ることはしませんでした。

 日本のよき伝統や文化を無視して好き勝手なことをし、ひたすらフランスやイタリアから最先端の知識を取りこむことだけに熱中していたことが引け目に感じられ過去を語ることは気恥ずかしくもあったからです。

 「ノルウェイの森」はそうした自分の中に封印していた過去をあまりにも美しく、またえげつないシーンで再現してくれたという意味で私にとっては記念すべき映画になりました。ただひとつ違和感があったのはワタナベ君がレイコさんとセックスするまえにシャワーを浴びていたこと。当時学生が住んでいるような下宿にシャワーはありませんでした。(バンコクにて)

本誌:2011年1.17号 13ページ

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