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連載記事マネーの道しるべ 19

個人活動における経世済民

  • 森康彰氏

 今夏、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」を読みました。著者は、東京大学文学部教授の加藤陽子さん。日本近代史が専門です。この本は、日清戦争から太平洋戦争までの「日本人の選択」を高校生に向けて分かりやすく話しているものをまとめた本で、2010年には小林秀雄賞を受賞しています。勉強になることが多々あった中で、満州分村移民という1938年からの国の政策から経世済民と原発について考えてみたいと思います。

 終戦時、海外にいた民間の日本人は321万人。そのうち、150万人が満州にいました。なぜ、そんなにも多くの日本人が満州にいたのでしょうか。NHKもこの夏、「村人は満州に送られた~“国策”71年目の真実」という特別番組を組み、当時、国の重要政策であった満蒙開拓について検証しています。満蒙開拓が国策として始められたのは1936年、二十カ年百万戸送出計画が閣議決定されてからです。この計画にのっとり、40年には5万人を超すまでになりますが、41年、日本は太平洋戦争に突入し、戦線が東南アジアから太平洋全域まで拡大する中で満蒙開拓政策も転機を迎えます。男性は戦場へ女性や子どもは軍需工場へ駆り出される中、開拓民を送り出せる状況ではなくなったのです。43年、南方戦線では日本軍が相次いで敗退、4月には農村から開拓民を誘導する皇国農村確立促進政策が導入されます。これは、満州開拓の協力と引き換えに、協力した村に破格の補助金を出すというものです。NHKの特別番組では、河野村の若き村長である胡桃澤さんの日記から、胡桃澤村長が村のために満州に移民させ、補助金を得るのが正しいのかどうか苦悩する姿を描いています。結局、移民者を出し、補助金を受け入れた胡桃澤村長は、敗戦から1年後、移民者たちが集団自決をしたことを知り自殺します。福島県で原子力発電所の事故があった時、電源三法交付金という原発がある地域への補助金も話題になりました。

 私たちが家族や地域の平和を考える時、やはり補助金と引き換えに大切な何かを手放すような選択はしたくないと強く思うのです。お金で苦労するのは好ましい状況ではありません。そうならないよう日々精進することは大切ですが、決してお金があることが幸せではないことを肝に銘じる必要があります。

●森康彰● 2年間、保険代理店に勤めた後、2008年に保険コンサル会社㈲e.K.コンサルタントを設立。2014年に東京支社を設けるなど、首都圏へも業務を拡大中。 敬愛する人物は、稲森和夫、立川談志。

本誌:2016年秋季特別号 13ページ

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