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企業・事業紹介蜂谷工業

誇りあるローカルゼネコン目指して 地域とともに100年

  • 4月から採用する新ユニフォーム

 蜂谷工業㈱(岡山市、蜂谷泰祐社長、資本金3億円)は3月1日、創業100周年を迎えた。周年を新たなスタートと位置付け、長年使用してきたロゴと制服を刷新。創業時のようなチャレンジ精神をもって、地域に根差したローカルゼネコンとして事業拡大を図る。
 
 蜂谷工業は、創業の3月1日に合わせ、岡山市北区内山下1-6-20のルネスホールで「創業100周年記念式典」を開催した。

 社員やOB、取引先関係者ら220人が参加。蜂谷社長が「100年の実績をベースに創業時と変わらぬチャレンジ精神を持って新たな100年に向け踏み出したい」とあいさつ。その後、協力会社で構成する同志会会長の坪井利夫㈱坪井会長に感謝状を手渡した。

 式典の目玉事業として新たなロゴを発表。思い入れがある以前のロゴマークの要素を踏襲しつつ、上下左右4つの矢印で「H」を形成。蜂谷(HACHIYA)や人(Human)、幸福(Happiness)などを意味するHがあらゆる分野・方向に広がっていく期待を込めるとともに、4つの矢印は顧客が求める最適なQ「品質」、P「価格」、D「納期」、S「サービス」の4要素を表現している。

 4月から採用する新ユニフォームも発表。入社5年目までの若手社員6人がモデルになり、ファッションショー形式で冬服、夏服を披露した。上下異なる色を採用したざん新なデザインで、女性社員用もある。若い人や女性に好まれるものにし、求人面でのプラス効果を期待している。

 また、高校生の工事現場見学の受け入れや社員による小学校出前講座のほか美咲町での植樹活動など地域貢献活動にも取り組んでいる。

≪インタビュー≫蜂谷工業社長 蜂谷泰祐氏
建設関連のあらゆる分野に目を向け新たな価値提供へ

 新たな100年に向けスタートを切った蜂谷工業。創業者・初四郎氏の孫で、5代目社長の蜂谷泰祐氏に、100周年の思いや今後の展望などを聞いた。

◆100周年を迎えた感想。

 100周年を迎えられたのは、社員とOB、協力企業関係者のおかげ。感謝の思いしかない。当社の発祥は大工で、戦後の復興期に土木・舗装まで手掛けるようになった。その後、事業を拡大してきたが、バブル崩壊とともに業界の市場規模はピーク時の84兆円(平成3年)から徐々に縮小し、リーマン・ショック後には市場規模が半減した。そのころ事業拠点の統廃合などを断行し、会社の体質をより強固なものにできたからこそ、当社の今がある。

◆特に変化を感じる点は。

 事業の統廃合を進める中で、首都圏から撤退した。岡山と隣県を中心にした瀬戸内圏で事業展開を決意した後、強みとする建築部門で実績を伸ばしてきた。特に設計部門の人員を増員し、設計と施工を請け負うケースが増えた。かつては建築案件のうち設計まで手掛けるのは10%ほどだったが、前期は40%近くにまで拡大し量的には以前から2倍に拡大している。

◆今後の展開について。

 私自身、街づくりにかかわれる建設業という仕事に誇りを持っている。これからの100年を見据え、建設業にかかわるあらゆる分野、あらゆる可能性に目を向け、技術を養い、社会から求められるさまざまなニーズに応えて新たな価値あるものを提供していきたい。

【会社概況】社名:蜂谷工業株式会社 所在地:岡山市北区鹿田町1-3-16 代表取締役:蜂谷泰祐 資本金:3億円 従業員数:124人 年間売上高:100億1900万円(2016・5期) 設立:1917年3月

本誌:2017年3.13号 15ページ
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