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10年目の介護

 2001年に両親の介護のために仕事をやめて岡山に帰り、すでに10年の歳月が流れました。こんなにも長期間の介護を余儀なくされ、自分自身の人生はどこに行ったのかというやり切れなさに苦しみつつも、何とか切り抜けてこられたのは私なりに自然や社会との関わりを断ち切らないで過ごしてきたことが大きい要因ではないかと思っています。

 畑を耕し、ニワトリを飼い、捨て猫を拾い(今では12匹に増えてしまった)、高速料金1000円政策を生かして徹夜ドライブで気分転換を図り、それでも極度のストレスが自覚されるようになったら4、5日両親を病院に預けてタイに脱出して何とかしのいできました。

 社会との関わりでは内閣府の国政モニター、山陽新聞読者モニターをそれぞれ1年間引き受けました。しかし、何よりも生活に規則正しいリズムをもたらしてくれたのがこの「スローライフ」執筆です。

 毎週毎週すぐやってくる原稿締め切りとの格闘。ネタ探しのためなら転んでもタダでは起きない精神でいつも世の中や身の回りの出来事に注目していなければなりません。もともと書くことが上手でもなければ得意でもないのに300回を超えてなお書かせていただきたいと思うのは単調な介護の日々にあってどうにもならない、いろんな思いを社会に対して、同世代の人々、若い人々に対して訴えたい、聞いてもらいたいという願いがあるからです。

 近年、介護をめぐる様々な人間模様が犯罪という形をとって露呈するようになりました。昨年は子供が親の死亡届けを出さないで親の年金を国からだまし取るケースが全国的に問題になりました。介護疲れによる親殺し、無理心中、虐待はいっこうになくなりません。悲惨な事件を見聞きするたびにどれもこれも他人ごとではないとハッとします。

 それでも介護生活を10年もしていると、しだいに自分は介護の犠牲者なんかではない、62歳にもなってまだ両親といっしょに暮らしている稀なる幸福者という気がしてくるから不思議なものです。こうなったらあと5年でも10年でも行き着くところまでお付き合いしましょう。今まで同様ときどき気分転換しながら。そして知らないうちに自分自身が老境に達してしまうのも悪くはないな、そんな気がしてきました。

本誌:2011年1.1号 88ページ

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