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連載記事杉山慎策の経営学考察

行動経済学とシャープのブランド論4

 シャープは前述したように、暗黙の裡に完璧な消費者を想定している伝統的経済学に対する行動経済学の考え方をマーケティング理論においても実践することを強く主張しているのである。コトラー流のSTP戦略である、セグメンテーション(S)、ターゲティング(T)、ポジショニング(P)は本当に重要なのか、あるいは、妥当なのかを問うている。前回述べたように、多くのマーケティングはパレートの法則の上位顧客の20%が売り上げの80%を占めると言う理論を安易に想定して実践されている。しかし、事実はカテゴリーにより大きく異なる。シャープは多くのカテゴリーで調査に基づきこれが誤っていることを繰り返し、繰り返し述べている。私たちがシャープの提言から学ばなければならないことは「消費者のことを調べないで勝手にマーケティング理論を組み立てるな」ということである。往々にして、日本の企業は調査を軽視する。グローバル企業と比べて調査予算が恐らく一桁も二桁も異なる。「調査を基本にマーケティングを展開しないととんでもないことになりますよ」、というのがシャープの警告である。

 カンターグループの一員である調査会社のテーラーネルソン(TNS)のインパルスパネル調査をシャープは引用して「消費者の重複」の問題を提起している。対象はTNS社のパネルの消費者でソフトドリンクの購入者の分析結果である。調査期間中にダイエット・コークを購入した顧客のうち65%はコカ・コーラも購入した経験がある。同様にペプシ購入者のうち72%はコカ・コーラを購入している。

 国内でも例えば「伊右衛門」を買った人は恐らく「生茶」など他のブランドの商品を購入した経験があると思われる。その経験値と照らし合わせれば上述のブランドの消費者はコカ・コーラなどいろいろなブランドを購入していることが理解できる。同様のケースは温泉旅館やデパートなどの消費者にも当てはまる。A温泉のB旅館にしか行かない消費者も少ないし、C町のDデパートだけしか行かない消費者もまた少ないのである。大切なことは自社の所有するブランドの消費者の行動をしっかり調査をして十分にその特性を理解しておくことである。

 シャープはアイスクリームの消費者調査でも同様の結論を導き出している。ハーゲンダッツ、ベン&ジェリー、ウォールズなどのアイスクリームの消費者は一つだけでなく複数のブランドの購入をしている。これはイギリスだけでなく、日本のアイスクリーム市場でも当然のことながら当てはまる。

 このような状況でシャープはどのような処方箋でブランド育成をせよと言っているのだろうか。鍵は「ユニークさ」と「広く認知されているか」の二つであると結論している。ユニークさについては、コトラー流のマーケティングでは差異化が重要であると教えられる。シャープはこの差異化についても懐疑的である。逆説的にあまりブランド間の差異化がなければブランドが逆に意味がでてくる。その場合シャープは「セイリエンス」が大切であると主張する。この「セイリエンス」とは「卓越したブランド特徴を持っていること」である。この「セイリエンス」のためには、色、ロゴ、キャッチフレーズ、シンボル、キャラクター、セレブリティ―、広告手法などが重要であると説く。キリンの生茶はパッケージなどを今年変更した。これはシャープの理論の実践の成果のように筆者には見える。ブランドの持つ、色、ロゴなどは特に重要である。手に取ってもらえなければリピートも生まれない。

 広く認知されているかについては、広告の価値は一体どこにあるのかということが根底にある。広告の目的はマーケットシェアを維持・発展させることであり、広告の効果が出るためには時間がかかる。シャープは①できるだけ多くの消費者にリーチすること、②広告を継続すること、③認知を取ること、④ブランドの連想を明確にすること、などが重要であると述べている。

 シャープのマーケティング理論はあくまでマス・マーケティングの範疇であり、ラグジュアリー・マーケティングにそのまま当てはまるわけではない。しかし、彼が主張する「全ては調査をしてから考えよ」という原則は実践的マーケティングにおいて非常に重要である。

本誌:2018年11月5日号 25ページ

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