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連載記事スローライフ~午後4時の窓辺から~

バレーボール、ラグビーW杯

 令和元年の10月は何かと話題の多い月でした。繰り返し日本列島を襲った台風によって多くの人々が犠牲になり、いまだに苦しんでおられる方が大勢います。いっぽう明るいニュースもたくさんありました。新天皇の王朝絵巻のような「即位礼正殿の儀」も無事終わりましたが、何と言ってもラグビーおよびバレーボール・ワールドカップでの日本チームの活躍は特筆ものでした。

 もともとバレーボールは球技の中ではかなりマイナーな競技とみなされてきた歴史があります。日本の女子チームが金メダルを取った1964年の東京オリンピックは日本を興奮の渦に巻き込みました。しかしそのときの参加チーム数は男子10カ国、女子6カ国に過ぎず、総当たり戦で行われました。男子チームもソ連、チェコに続き銅メダルを獲得しました。

 その後バレーボールは欧米を中心に人気が出て、もともと身長が総じて低い日本チームが国際試合で上位に食い込むのは難しくなってきました。そんな日本が28年ぶりに4位にまで躍進したのにはびっくり。連日の男子バレーボールのテレビ中継は本当に見ごたえがありました。とりわけ石川、西田の若きプリンスたちの何と力強く、頼もしいこと!わくわくハラハラの毎日でした。

 最終戦のカナダとのマッチは5セット目までもつれ込んで、点数は9対9で拮抗、心臓の弱い私は「ここまでよく頑張った、でも体格の差はどうしようない、これ以上は無理だろう」と決め込んで見るのをやめました。ところが後でネットでチェックしてみたら「あれっ、勝ってる!?」でした。土壇場で怒濤のサービスエースを炸裂させるのだったら最初から言っといてよ、西田君。

 ラグビーの予選突破には私も多くのにわかファン同様興奮しました。前回の五郎丸フィーバーのときはまだ“まぐれ”という感じだったのにこの4年のうちにあそこまでレベルがアップしていたんですね。昔は“何とむさ苦しいスポーツ、よくやるよ、まったく”と思っていた自分の無知と偏見を反省。
そういう意味でラグビーのワールドカップを日本に誘致し成功させた日本ラグビーフットボール協会の森喜朗さんの存在はとても大きい。政治家としては実力者ながらあまりぱっとしなかった森元総理大臣。W杯日本誘致は彼最大の功績です。

本誌:2019年11月4日号 19ページ

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