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連載記事スローライフ~午後4時の窓辺から~

マグカップ

 実家の庭がいつのまにかドクダミに占拠されてしまいました。ドクダミのにおいが強烈過ぎるためか、かれんな白い花をつけるドクダミを愛でる人は少ないようです。そんなドクダミの姿を終生変わることなく焼き物のモチーフに描いた女流陶芸作家が牛窓にいました。

 東海林由紀さん。1968年の4月、早稲田の教育心理学教室に入ったとき以来の長い交流でした。40数名のクラスメートのなかでひときわ聡明で芯の強い女性でした。卒業後は私は大阪で就職し、彼女は心理学とはおよそ縁のない陶芸の修行を始めました。そして、どのような縁があったのか岡山出身の陶芸家と結婚し、牛窓に工房を持ち、「青空」という喫茶店の経営と陶芸家の生活を両立させてきました。

 私が大阪での仕事を辞めて両親の介護のために2001年に岡山に帰ってから数年の間、彼女が淹れるコーヒーを求めて本当によく牛窓まで車を走らせたものです。ある時、陶芸家としての彼女に、マグカップを作ってくれるよう依頼したことがあります。若いころオーストラリアのタスマニア島で見かけて買ったお気に入りのマグカップが壊れてしまい、東海林さんに壊れたカップを渡し、「こんな感じのものを作って」とお願いしたのです。

 それから2、3年後、彼女は生まれ故郷の岩手県一関に引っ越してしまいました。そして東北大震災の前年、ドクダミの白い花が咲く頃、突然の彼女の訃報を聞きました。そして10年の歳月が流れました。依頼したままのマグカップのこともすっかり忘れてしまいました。

 ところが今年も庭のドクダミの白い花が咲く頃、「青空」の店舗を引き継いだ「てれやカフェ」に行ったところ、マスターから「マグカップを預かっています」と言われてびっくりしました。牛窓在住の東海林さんの陶器の愛好家がドクダミのデザインが施されたマグカップを店を通じて私にくださったのです。驚きです。東海林さんは私がデザインを依頼したマグカップを一関に帰るまえのあわただしい時期に作ってくれていたことを知って感無量でした。

 学友にして生涯の友人だった由紀さんが逝ってちょうど10年。たっぷりコーヒーをそそげる清楚なマグカップはついに私の元に届きました。不思議な縁があるものです。

本誌:2020年7月20日号 15ページ

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