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連載記事スローライフ~午後4時の窓辺から~

50年ぶりの自動車教習所

 70歳を過ぎて初めての免許証更新をこの夏に控え、高齢者講習を受けてきました。私が受けたのは2時間コースのもので講師の先生から30分ほどの講義を聴き、そのあと視力検査と自動車学校内のコースを実際に運転するという内容でした。講習に参加した人はもれなく修了証書がもらえるそうで、どんなに運転が下手でも落とされる心配はないということでした。

 それなら国はなぜこのような講習を義務づけているのか、若者人口の減少に苦しむ自動車学校の救済策のために存在理由が希薄な講習を導入したのだろうか、などと勘ぐりつつも50年ぶりに教習所の門をたたきました。今回の受講生はわずか8人でした。白髪のおじいちゃん7人と紅一点のオールドマダムが仲良く小さな机に腰掛けて、指導員の流ちょうな説明に耳を傾けます。

 我々を担当した指導員も警察OBとおぼしき年輩の方でしたが一回りは若そうでした。毎日同じ講義をされているのか、ポイントを押さえた説得力のある話しっぷりは芸の域に達していました。それにしても今も昔も自動車学校の指導員や運転免許センターの講師の皆さんは、例外なく独特の人生に対する確固たる自信のようなものが表情や口の端々に表れているものですね。

 「私はこれまで間違いのない、人に恥じることのない正しい人生を歩んできました。これからもずっとそのように生きていきます」と顔に書いています。太宰治の代表作「人間失格」の第一の手記冒頭で「恥の多い生涯を送ってきました」というあまりにも有名な告白をした青年とは真逆の、正しい道をまっすぐに歩いてきた方々に違いありません。

 2人ペアーで運転の順番待ちをする間、同年輩の見知らぬ方と少しばかり話をしました。「免許証を取ったころは坂道発進に苦労しましたなあ、また自動二輪のときはメグロでした」。いやはや同時代を生きてきた受講生の皆さんは他人ながら自分の分身とさほど違いません。最初無駄と思われた高齢者講習も何だか同窓会のようで楽しい半日でした。

 今、自動車学校にはコロナウィルス休校で突然時間ができた若者が押し掛けているとか。S字クランクで立ち往生している若い生徒さんを横目で見ながら、ちょっぴり我が青春時代を懐かしく思い出しました。

本誌:2020年3月16日号 15ページ

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