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連載記事マネーの道しるべ 63

関東大震災と新型コロナ禍

  • 森康彰氏

 1925年に民衆的工藝を略して「民藝」という言葉が生まれたのは、関東大震災で京都に移住した思想家の柳宗悦氏と、関東大震災の噂を聞いてイギリスから京都に戻ってきた陶芸家の濱田庄司氏、濱田氏が京都で身を寄せた東京高等工業学校の先輩で陶芸家の河井寛次郎氏の3人が出会ったことがきっかけとなりました。

 関東大震災で日本経済は壊滅的な打撃を受けます。当時の名目GDP 約150億円の3分の1の物的損失があったと言われています。時代は第一次世界大戦による好況もあり、社会は急速に西洋化が進んでいました。関東大震災により、経済的停滞の中、柳氏、濱田氏、河井氏は、東寺や北野天満宮で定期的に開かれる市で古道具などの生活雑貨から美を見出していったのです。「用の美」は、モノ、暮らしや土地への愛着、いとしさと向かい合うことで生まれました。

 新型コロナ禍中の4月21日の日経新聞1面で日本電産㈱会長兼CEOの永守重信氏は、「利益を追求するだけでなく、自然と共存する考え方に変えるべきだ」と述べられていました。今回の経済危機はリーマンショック以上であると言われています。岡山経済もしばらくは停滞するでしょう。今までのように、経済的な成長発展だけをよりどころにするのは難しいかもしれません。永守氏がおっしゃるように、自然との共存を考えることで新たな豊かさを見出すタイミングです。

 実業家であった大原孫三郎氏は民藝の理解者であり、支援者であったため、倉敷民藝館や大原美術館の工藝・東洋館には、生活の豊かさとは何であるかを教えてくれるモノが集まっています。そこには、「用の美」と呼ばれる美しさ、豊かさがあります。新しい豊かさについて考えるヒントがそこにもあるかもしれません。ぜひ、足を運んでみてください。また、民藝を学んでみてください。

●森康彰●2年間、保険代理店に勤めた後、2008年に保険コンサル会社㈲e.K.コンサルタントを設立。2014年に東京支社を設けるなど、首都圏へも業務を拡大中。 敬愛する人物は、稲森和夫、立川談志。

本誌:2020年5月25日号 12ページ

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