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味の素

 ユニリバーに勤務していた頃の話である。ユニリバーはFMCG(Fast Moving Consumer Goods=日用消費財)の世界のリーディングカンパニーの一つである。事業領域には食品事業と洗剤などの非食品部門との二つがある。ユニリバーの本社(ロンドン)での研修時に食品事業の説明を受ける機会があった。食品にとって味覚は非常に重要である。甘味、酸味、塩味、苦味が通常知られている味覚であるが、これに「うま味」が加わる。ユニリバーでは全食品をこの5つの軸で分析している。イギリスに長年住んだ経験からイギリスは一般的に美食の国ではないと考えていた。つまり、イギリスは必ずしも「うま味」のわかる舌を持っている人が多い国ではない。そこで、研究員に「うま味」はどのように把握するのか聞いてみた。答えは「味覚に優れた人を訓練すればできる」というものだった。因みにこの「うま味」は英語でも”Umami”であり、日本語がそのまま英語になっている。

 この「うま味」を発見したのが味の素である。日本人は長年美味しいものを追求するなかで昆布や鰹節や煎り干などの出汁から取り出す「うま味」については当然知っていた。味の素は4つの味覚に加えて「うま味」を発見・命名した会社である。味覚の一つがこのように日本人により発見されたことを誇りに思う。近年世界的美食ブームでミシェランの星を獲得したレストランが持て囃されているが、その多くはこの「うま味」をどう上手に取り入れるかにかかっている。

 東京帝国大学の池田菊苗博士が湯豆腐の昆布だしから「うま味」を発見し、その「うま味」成分がグルタミン酸であることを突き止め、その製造方法の特許を取得した。ヨードの製造で財を成していた第二代鈴木三郎助は池田博士から特許の実施契約を獲得しグルタミン酸の製造に乗り出した。1909年のことである。

 新しくできた「グルタミン酸」ではあるが、さっぱり売れなかった。そもそも、日本人が長年経験により食生活に取り入れていた天然由来の「うま味」が「グルタミン酸」ができたからと言って簡単に代替されるわけではない。味の素はグルタミン酸の製造過程でできる大量のデンプンを繊維メーカーの鐘紡に販売することでやっと会社の経営を軌道に乗せた。

 味の素はこの味覚成分のグルタミン酸を核として大きな成長を遂げ、現在では日本の食品業界を代表する会社となった。味の素の成功の理由を同社に取材に行った時に聞いたことがある。確かに、創業の原点は日本人が長年大切にしてきた「うま味」の元を発見したことにあるが、実はそれは必ずしも顧客が望んでいたことではない。うま味などは皆知って日常の食生活に取り入れていたのである。従って、味の素はグルタミン酸の販売方法について苦労した時期が長く続いたようである。加えて、風評でグルタミン酸の健康に対する害などが噂されその対応にも苦労した歴史もある。結局今日経営学の中で学ぶ「マーケティング」をしっかりやらなければどんなに製品が優れていても売り上げには結びつかないことを体得した。このため、味の素はマーケティングの理論と実践の得意な会社である。1958年にはクノール(現ユニリバーの一部門)や1963年にケロッグ社、1973年にはゼネラルフーズ社などと提携し彼らの商品を製造販売することでアメリカのリーディング会社の先進的なマーケティングを取り入れるように努力をした。

 世界市場のうま味はコンソメかあるいは味の素の開発したグルタミン酸に大別される。東のグルタミン酸対西のコンソメの戦いと言ってもよい。コンソメは牛肉・鶏肉・魚などの出汁(ブイヨン)から抽出したものである。世界的に健康志向が高まっており、その観点からするとグルタミン酸に一日の長がある。安くて健康的なグルタミン酸が途上国、特に子供の食事に活用されると、社会に大きく貢献すること間違いない。『コアコンピタンス経営』で有名なC.K.プラハラードは、自身がインド出身者でもあり、一日2ドル以下で生活する世界経済の底辺(ベース)を成す40億人が将来は豊かになり、三角形が逆転する日を夢見ていた。味の素は早くからアフリカにも進出を遂げておりかなりの実績をあげている。岡山の企業もそろそろアジアからアフリカにシフトする時期に来ている。日本の革新的技術をアフリカで役立ててほしい。マーケティングに長けた味の素がうま味の世界市場でリーディングカンパニーとなることを願っている。

本誌:2018年1.1号 101ページ

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