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インスタントラーメン

 あるカテゴリーで最初に発売された商品は成功する確率が高い。ファースト・トゥ・ザ・マーケットの原則と言う。ホッチキスのようにそのカテゴリーを作り出す場合もある。多くの読者はテレックスという通信手段を知らないかもしれない。1930年代に使用が開始され戦争中から戦後ファクスが登場するまで使用されていた。筆者は恐らくテレックスを使用した最後の世代かもしれない。

 テレックスに替わり登場したのがファクシミリ(ファックス)である。ファックスは元々イギリスで1840年代に発明され、それをイタリア人のカセルが改良した。数々の改良がされたが、今日私たちが知るような形のファックスの登場には東京電機大学初代学長であった丹羽保次郎の功績が大きい。1970年代の通信回線の自由化の流れの中でファクシミリは世界的大ヒット商品となった。インターネットの普及前の通信手段の画期的開発と言っても過言ではない。しかも、ファックスの生産はほぼ日本企業が世界中を独占していた。独占していても市場初の優れたイノベーションについては誰も文句を言う人はいなかったのである。ファックスは特許庁の発表した1985年の日本の10大発明の一つに入っている。

 同じようなイノベーションに世界に誇る「インスタントラーメン」がある。戦後の復興の中でアメリカから余剰小麦が日本に安く多量に入ってきた。ラーメンを求めて長い列を作る日本人を見てこのラーメンを簡単に安く作る手段はないかと考えていた人物がいた。安藤百福である。麺をお湯ではなく油で揚げることで長期間保存できる麺を開発した。「チキンラーメン」である。1958年のことである。ファックスとラーメンを比較することはナンセンスであると思われる方がいるかもしれないが、筆者にとっては両者ともに世界に誇るべき日本のイノベーションであると信じている。もっとも日本の10大発明に「インスタントラーメン」は入っていない。

 筆者がアメリカに留学したのは1971年のことである。それから既に半世紀が経とうとしている。現在ではロンドンでもニューヨークでも全てのブロックに数件の日本食レストランがある時代となり、海外の日本食事情は様変わりした。ニュージーランド駐在時代日本の食材はほとんど入手不可能であったが、ある出張者が苦労しておでんの材料をお土産に持ってきてくれたことがある。家族一同感動して食べたことを鮮明に覚えている。1970年代のアメリカでは、日本食はあってもとても高価で貧しい留学生の手の届くような値段ではなかった。しかし、日本人留学生も時として日本食を恋しく思うことがあり、日本からの留学生たちが集まり、シアトルにある日系スーパーの宇和島屋で購入した「チキンラーメン」に卵やソーセージを加えて「ラーメンパーティー」を開いていた。日本からの留学生は全員世の中にこんなにうまいものがあるのかと当時は思っていた。

 「チキンラーメン」の開発後日清食品は「カップヌードル」の発売に乗り出す。1971年のことである。カップヌードルは一個100円で発売された。通常の袋麺の25円と比較すると非常に高価であるというイメージが強かった。1972年の連合赤軍による悲惨な浅間山荘事件で警官がカップヌードルを食べている映像が日本国中に流されたことも寄与して爆発的ヒット商品となった。その後スペースシャトルでの機内食などにも取り上げられ多くのユニークなストーリーが作られることとなった。日清食品のホームページには、
 「『スペース・ラム』は、安藤百福の開発した『カップヌードル』をベースに味付けをしています。今回のフライトにあたっては、しょうゆベースであるレギュラーの他、野口宇宙飛行士からのリクエストで、みそ味、カレー味、とんこつ味の4種類を提供致しました。」
と記載されている。

 安藤百福は「考えて、考えて、考え抜け。私が考え抜いたときには血尿がでる。」という名言を残している。日清食品はイノベーションの得意な会社であるが、同時にブランド・マネジメントの得意な会社でもある。多くのベンチャー企業にとって日清食品は大変参考となる企業である。

本誌:2017年12.4号 21ページ

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