WEB VISION OKAYAMA

連載記事

地域ブランド

 地域の名前を冠したブランド戦略は、歴史や文化の重みがあるだけに非常に重要であり、価値がある。筆者の立命館MBA時代のゼミ生の一人は大阪にあった会社を京都に移し「○○屋」という名称から「京都○○屋」に社名を変更した。世界中に通用する「京都」という地域名称を活用できるメリットは計り知れない。ブランドは日々刻々と市場で戦い続けているのである。従って、京都を冠する場合と冠さない場合とでは積年の間にかなり差が生じる。岡山では知名度の高い倉敷の名前を冠するかどうかで恐らく大きな違いが出る。地域名を上手に社名に取り込むことはブランド戦略上優れていることは間違いない。

 最近地域名を「ひらかな」で表記することが流行っているようである。「漢字」から「ひらかな」にすることで「やさしさ」「分かり易さ」を強調し、市民への親しみやすさを意図しているのであろう。あるいは単純に漢字とは異なる差異化を意図したものなのかもしれない。

 ここで「津山」という地名の歴史について振り返ってみたい。美作が備前から分離されたのは713年であり、今から約1300年前のことである。美作の中心地はもちろん現在の津山市であり、ここに国府が置かれた。現在の市の中心街ではなく、総社や院庄あたりが中心地であり「苫」と呼ばれていた。筆者はこの「苫」は魏志倭人伝に記述されている「投馬国」に通じると思っているが、ここでは論評を差し控える。現在私たちが知っている「津山」を作り上げたのは江戸時代になり美作一国を与えられた森忠政である。彼は元々院庄に築城する予定であったが、建築途上で殺傷事件があり、古城があった鶴山に築城した。森忠政の美作の地への赴任は1603年である。彼は地名も「苫」から「津山」に改名した。文字通り「津山」とは「山の中の港」という意味である。津山を流れる川は吉井川である。この川は高瀬舟により、西大寺と結ばれていた。流通の拠点として栄えたことを名称が示している。響きのよい優れた地域ブランド名である。

 この津山を表記する場合に「漢字」のままで表記するのか、「ひらかな」の「つやま」にするのか、「カタカナ」の「ツヤマ」にするのか、「アルファベット」の「Tsuyama」にするのかはブランド戦略上、また、広報戦略上非常に重要である。

 言うまでもなく「ひらかな」や「カタカナ」表記にした途端に理解できる人は極端に減少する。恐らく通用するのは日本人だけで、それ以外は例外的に日本語を学んでいる人だけである。もちろん「アルファベット」にすると欧州系の言語を理解できる人全てになるので一挙に対象人口は増える。では「漢字」の場合はどうなるのか。

 漢字の本家である中国の人口は13億人である。これに香港、台湾、マカオ、シンガポールを加えると3300万人が加わることとなる。2011年11月19日の英誌エコノミストによれば日本や韓国・米国・欧州などに居住する華僑は543万人と推定されている。また、アジアのその他の国などに3188万人がいると推定している。これらを全て合わせると13.7億人が漢字を理解できると考えられる。これに日本や韓国の人口を加えると15億人以上の人が漢字の「津山」の意味を理解できることになる。これは世界人口の73億人の20%強に相当する。「ひらかな」や「カタカナ」だと1.8%程度に過ぎず、日本という限られた国でしか通用しない。

 日本人の海外旅行者数(アウトバウンド)は1600万人前後でこの10年近く低迷しているのに対して、海外からの日本への旅行者数(インバウンド)は2014年に1400万人になり、2015年この数字は逆転するとみられている。政府も2020年に3000万人の観光客を招致する目標を立てている。この3000万人の内60%近くはアジアからの旅行者であり、「漢字」が読める観光客である可能性が高い。グローバル化が進展する中で安易に「ひらかな」や「カタカナ」を乱用するのではなく、「漢字」表記を活用すべきであると考えるが如何であろうか。

本誌:2016年1.1号 103ページ

PAGETOP