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関東平野と“魔の山”

 2月末、夜行バスで東京に行きました。朝9時に新宿に到着したものの用事がある夕方5時まで時間はたっぷり。その日は月曜日だったので美術館や博物館はどこも休館で行くあてもないまま西武新宿駅から本川越行きの急行電車に乗りました。

 埼玉県川越市は小江戸と呼ばれ近年観光名所として脚光を浴びている町です。蔵造りという独特の家並みがよく保存され、東京では見られない江戸の雰囲気を今に伝えています。(観光所要時間は2、3時間程度)

 川越に限らず関東平野に散在する小都市へはどこも電車で1、2時間で行けますが沿線のだだっぴろい散文的な風景を見ていると何故か二度と帰ってこられないような遠い場所に出かけている錯覚に陥ります。

 学生時代、東京には5年間住みましたが岡山育ちの私には広漠として捕らえどころのない関東平野の空気が苦手で間違っても休日に奥多摩、秩父や北関東の山々を散策しようなどという気にはなれませんでした。

 岡山市のように町全体が京山、東山、芥子山、笠井山、金甲山といった低山で囲まれているところでは晴れの日でも雨の日でも東西南北が常にはっきり分かり、決して方向感や距離感を失うことはありません。

 このことは単に車を運転していて道を間違えないですむといった実用的な面だけでなく、そこに住む人々の精神的支えにもなっているはずです。岡山平野で生まれ成長した人は人生において滅多に道を踏み外すことがないかわり冒険心に欠けているのは穏やかで心優しい風景に包まれて育ったからに違いありません。

 さて再び東京周辺の風景に戻りますが、関東平野の行き着く果てには筑波、赤城、妙義、榛名、浅間、秩父などの山がそびえています。いずれも関東を代表する日本の名山です。

 しかし、なぜかこうした山の名前はいつも凶悪事件とセットで耳に入ってきます。連合赤軍リンチ殺人事件、あさま山荘事件、連続幼女殺害事件、カルト集団事件などここ40年ほどの間に関東で起きた凶悪事件の犠牲者たちは決まってこれらの山の麓に埋められていました。

 先頃、連合赤軍リンチ殺人事件の主役だった永田洋子死刑囚が獄死したとの記事が新聞の片隅に小さく載りました。事件が風化するどころか時間が止まってしまった遺族たちにとって群馬の山々は依然として“魔の山”であるに違いありません。

本誌:2011年3.14号 12ページ

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