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連載記事杉山慎策の経営学考察

「あなたの会社では社員をどう呼びますか」1

 現代はVUCAの時代と言われる。Volatilityとは変動する不安定な時代を、Uncertaintyは不確実な時代を、Complexityは複雑な時代を、Ambiguityは曖昧な時代を意味する。昨年のグローカルフォーラムではビル・エモット氏はビジネスの世界ではVUCAこそが常態であり、その中でリスクを取って果敢にチャレンジすることが求められると指摘している。今回はそのような時代の経営の諸課題について議論をしたいと考える。最初は「あなたの会社では社員をどう呼びますか」というテーマである。

 1970年や1980年代の日本のように一直線に成長をするのが常態の時代と異なり、VUCA時代と言われる今日必ずしも右肩上がりに経済が成長する時代ではない。VUCA時代のあるべき社員との関係構築について考えてみたい。前者では上意下達が効率的であったかもしれないが、後者ではもっとフラットに社員全員が恰もリーダーのように考え行動する必要がある。そうしなければVUCAの時代に対応できない可能性が高いからである。VUCAの時代に相応しい社員との関係構築の中核である「あるべき社員の呼称」について考えてみたい。

 多くの人から成る組織(Organization)を一つにとりまとめていくためには、ミッションが最重要となる。今回はグローバルにコーヒーショップを展開するスターバックスのミッションについて考えてみる。スターバックスのミッションは次のようにホームページに掲げられている。
“To inspire and nurture the human spirit- One person, one cup and one neighborhood at a time”
「人々の心を豊かで活力あるものにするために ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そして一つのコミュニティーから」

この日本語訳はあまり英語の本来の意味を汲み取っていないように思える。筆者は下記のように訳すべきだと思う。
「人の心に灯をともし、大切に育てる
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてそれが一つの隣人として繋がる」

このInspireという言葉を使った有名な教育者であるアーサー・ウォードの諺がある。
“The mediocre teacher tells.The good teacher explains.The superior teacher demonstrates.The great teacher inspires.”
「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は説明する。すぐれた教師は自らやってみせる。そして、偉大な教師は心に火をつける。」

長年教員をしてきたが、果たして学生の心に火を付ける教師であったかについては一抹の不安がある。スターバックスの創業者のハワード・シュルツがこの諺を念頭においてミッションを創ったかどうかは未確認であるが、しかし、Inspireという言葉には相当強い意志が含まれる。

 このようなミッションの下でグローバル展開をしているスターバックスでは「社員」という言葉を使用しない。どのような呼称を使用しているのかというと「パートナー」、つまり、「仕事の相棒」と呼んでいる。その中には「強い平等性」や、「組織のフラット化」が見て取れる。特に、コーヒーを一杯ずつお客様に淹れる店を展開するスターバックスにおいては第一線の従業員のモラルが競争優位を創り上げる際の最大のKSF(Key Success Factor=成功要因)となる。パートを含めた社員全員にストックオプションを与えたりするなど、創業者のハワード・シュルツの考え方が強力に生かされている会社であり、従業員を大切にする会社である。このような背景から筆者とするとシュルツはウォードの諺は知っていたと考えたい。

 資生堂も1980年の末に福原名誉会長が社長に就任した直後に社員の呼称を「さん」づけに変更した。福原社長も「社長」と呼ばれることを好まず、「福原さん」あるいは「社長の福原さん」というように呼称するように変更した。現在では多くの日本のリーディング・カンパニーでも「さん」付けに変更したところが多い。

 呼称はあくまで表面的なことかもしれないが、多くの人から成る組織においては不思議な効果を持つ。資生堂でも「さん」に変更することで社内の空気がとても和らいだことを記憶している。福原さんの意図は、社内をもっと民主的にし、多くの斬新な意見が上下のポジションに関わらず社員から自由に出ることを期待してこのような変革をしたのであろう。

本誌:2019年2月4日号 21ページ

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