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さようならミュージックサイレン

 戦後の岡山市民に憩いと郷愁のメロディーを正午と夕刻に届けてくれていた県庁のミュージックサイレンがこの8月末日をもっていよいよ終了することになりました。

 県庁のミュージックサイレンについて私はこのコラムに以前(2012年)思いを綴ったことがあります。その当時はまさかサイレンが廃止になるなんて考えもしなかったのですが、いよいよ最後の月を迎えて、かつての記事が地元NHKの方の目に留まり、「ミュージックサイレンに対する思いを語ってください」との趣旨でインタビューを受けました。

 最初にメールで申し出を受けたときは気が重くなりました。こうみえてもアガリ症だし、カメラの前ではきっとしどろもどろでしかしゃべられません。それにコンタクトを取ってきた人はエリート臭漂うNHKのベテラン記者に決まってる!などと勝手におそれをなしていたのです。

 ところが打ち合わせにやってきたのはまだ大学を出たての新人カメラマン氏で実にさわやか、フレッシュ。長年大学図書館で働いてきた私はこの年代の若者相手におしゃべりするのは得意分野なのです。

 撮影は半日がかりでした。最初は自宅座敷でテレビカメラに向かってのインタビュー。子ども時代、ミュージックサイレンを聞いていたころの思い出やエピソードを求められました。カメラマン氏が期待していたのはきっと絵写りのいい話。例えば「初恋の人と放課後、東山公園でメロンパンをかじりながらよく“家路”を聴いていたものだった」とか。

 しかし不幸にして私にはそんな経験はなく「とにかく心に沁み入るいい曲でした」みたいな情緒的な言葉しか出てきません。でも捏造は御法度。ありのままの私を写してくれました。続いて母を介護しているシーンを撮ったあと、県庁前の県立図書館に撮影場所を変えて読書シーンなど収録しながら5時の“家路”が始まるのを待ちました。

 サイレンの地鳴りのような響きに合わせ、私は図書館入口の柱にもたれかかりながら陶然とした面もちで“遠き山に日は落ちて”と口ずさむ。こうしてクライマックスシーンを撮り終え、長い半日が終わりました。

 戦後70年の歳月を岡山で父と過ごした母はまもなく長い一生を閉じようとしています。サイレンも終わりですが絶妙のタイミングで親子の映像が残ったことに幸せを感じます。

本誌:2016年9.5号 15ページ

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