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幻影の先輩

 昨年暮れから1月の終わりごろまで入院していた父が退院してきました。長い入院生活のせいで人が変わったように無口になっていました。相当呆けが進んだのかと心配していたのですが人格の奥底は大丈夫であることが、ある出会いを通してあきらかになりました。うれしくもあり、悲しくもある話ですが……。

 私の友人が久しぶりに大阪からやってきました。まだ30代前半の若者で体格がよく、短髪で、いかにも日本男児という風貌の持ち主です。以前にも父に会ったことがあり、この度も実家に立ち寄ってくれました。若者が父にあいさつしました。

 父は目をパッと開き、ベッドに横たわりながらも居住まいを正し、「いやぁ、これはxx先輩! お懐かしゅうございます。戦地からよくご無事でお帰りなさいました」と、つかこうへいの戯曲『戦争で死ねなかったお父さんのために』に出てくるようなセリフを口にしました。驚きましたね。そして若者に尋ねました。

 「軍での階級は何だったのでございましょう?」

 私も友人も軍の階級制度なんかまったく無知で、私が適当に「伍長だったと言っといたら?」と助言。

 「伍長です」と若者が答えた瞬間、父の顔にさっと当惑の表情が拡がり気まずい雰囲気になってしまいました。それでも別れ際には「こんなむさ苦しいところまでよく訪ねて下さいました。寝たままの見送りで申し訳ありません」と感激の面持ちであいさつしていました。

 その後、友人と近所の焼肉屋でビールを飲みながら、「さっきの伍長はまずかったみたいだったよね。ちょっと階級についてスマホで調べるわ」と言いつつ旧日本軍の階級制度をチェックしてみました。少佐か大尉ぐらい言っておくべきでした。

 父自身は戦時中、教員だったうえ肋膜炎を患っていたので軍隊に行った経験はありません。しかしそのことが心の奥底で引け目というかコンプレックスになっていたのかもしれません。父が尊敬していた師範学校の3年先輩の方は若くして戦死されたのではないかと思います。

 人はあの世にいけば懐かしい人に会えるといいます。でも人間は長生きすると生きながら西方浄土に遊ぶことができるようになるものですね。父を喜ばしてくれた凛々しい訪問者に大感謝です。

本誌:2014年3.3号 13ページ

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