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カラマーゾフの兄弟

 最近見ごたえのあるテレビドラマがほとんどないのですが、フジテレビ系列で1月から3月にかけて放映されたドストエフスキー原作「カラマーゾフの兄弟」は毎回見るのが楽しみでした。原作からは大きく翻案されていて、舞台は現代の日本の地方都市になっているし、登場人物たちの職業も現代風になっています。

 ちなみに難解を極めるこのドストエフスキーの代表作が訴えたかったことをひとことで要約すると「罪の意識から愛の歓喜へ」(井筒俊彦著、「ロシア的人間」中公文庫版より)となります。日本で作るテレビドラマにそんな原罪だの魂の救済だのと小難しいことを求めても視聴率は取れないのでこれはあくまで日本のお話として楽しみました。

 それでもストーリーは一応原作に沿っています。悪の化身のような父親と性格が異なる3人の息子がそれぞれ父親に対する葛藤と憎しみを抱えているという物語であることは皆様ご承知でしょう。ところが大邸宅には末松という料理人が住み込みで働いているのですが実はこの男は父がよその女に生ませた子どもで、テレビドラマでは父から捨てられたことを根にもって復讐の機会を狙っています。ある日父親が自宅で無惨な他殺体で発見され、状況証拠がはなはだしく悪かった長男が父親殺しの容疑で逮捕されます。実は真犯人は末松であり原作ではスメルジャコフという陰気な男です。

 ドラマでは父親殺しで決定的に重要な人物である末松がほとんど最終回近くになってやっと本性をあらわすというストーリーになっていて、最終回は末松の独壇場でした。

 長々とドラマの概略を述べてきたのですが、私も現在95歳になる父との葛藤の日々です。おおげさにいうと介護ストレスで私の命が父によって日々削り取られているような恐怖感さえ時折感じます。しかし人格の骨格部分は壊れてなく、見ていないようで物事の本質をきわめて正確に言い当てるのには驚かされます。

 録画しておいた「カラマーゾフの兄弟」の最終回を父といっしょに見ました。父はこのとき初めてこのドラマを見たのですが、末松の悲劇をこのように語りました。(末松は)「子ども時代から笑うことを知らないで育ったからだなあ」と。ドストエフスキーの本質が読めてます。

本誌:2013年4.8号 13ページ

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