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たて続く判決ニュース

 法律に関してはずぶの素人ですが裁判員裁判が始まって以来大きな事件の結末がどうなったか、少しは新制度の特質が発揮されてきているのかいつも注目しています。

 最近あった最高裁判決ですが、成田空港に覚醒剤を持ち込もうとして逮捕された男の無罪が確定したという事例です。事件の経過は省略しますが、一審の千葉地裁の裁判員裁判では無罪。しかし、高等裁判所は一審とは逆に有罪。ところが最高裁は裁判員裁判の結果を尊重し、男の無罪が確定したというものです。

 高裁のプロの判事たちの目にはおそらく経験的にこの被告はクロという心証があったのでしょう。しかし、最高裁は高裁の役割を明確化し、高裁は地裁の裁判手続きや審理過程に過ちがなかったかどうか、証拠類を正当に評価したかどうかなどをチェックするのが高裁の役割であるとしました。つまりは一審重視の流れが見えてきたのです。

 最高裁にしてみればせっかく導入した裁判員裁判の判決をプロ(職業裁判官)がいとも簡単に否定する事例が続いたら、市民はあほらしくて時間的、精神的負担が大きい裁判員制度にそっぽを向くようになることを恐れたのではないかと思います。

 山口・光母子殺害事件。事件発生当時からニュースを見るのもおぞましかった事件の犯人、元少年の死刑が確定しました。事件の特異性、弁護のあり方、少年法の問題などさまざまな問題が議論されましたが、なんといっても世間の注目を浴びたのは被害者母子の夫であった本村洋さんのすさまじいばかりの執念でした。ドストエフスキーの世界に迷い込んだような錯覚を覚えたものです。

 20代半ばにも達していなかった本村さんはひるむことなく、被告の人権はあっても被害者の人権などなきに等しかった刑事事件のありようを根本的に変えさせました。いままで被害者は検事にすべてを任す以外法廷での発言権がなかったのです。もし本村さんの司法への戦いがなかったら、地裁、高裁が判断した相場通り(永山基準)の無期懲役で終わったと思います。

 今後はこんな残虐で途方もない問題をはらんだ事件の裁判にも市民が参加しないといけません。被告の悲しい生い立ちなどを聞いたらすぐにぐらついてしまう私など裁判員は務まらないと思いました。

本誌:2012年3.5号 13ページ

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