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旅の準備

 高齢者を介護する日々というのは、これといった特別忙しいことがあるわけではないのに家事全般の雑事、病院への送迎、病院やケアーマネージャーとの打ち合わせなどが次から次へと襲ってきて、ほんの2、3日の小旅行に出掛けるのさえ時間の調整が大変です。

 でもそんなことを言っていたら旅になど永久に出掛けることはできません。1週間前デルタ航空のマイルの蓄積がアジア内を旅行するのに必要な2万マイルにあと少しというところまできていることに気付きました。日航や全日空ではできないことですが、デルタはマイルの販売もやっていて、足りない分を5000円で購入し、ソウル経由バンコクまで出掛けることにしました。

 岡山空港からソウル便が出るのはいまから3時間後。旅の準備はまだできていません。昨日、介助なしでは数歩も歩けない親父を風呂に入れようと促したところ「入らない」と抵抗。てこでも動かない様子なのであきらめ、ダイコンとニンジンの種まきをしました。

 炎天下、汗だくになりながら農作業が終わり、さあシャワーを浴びようと家の中に入ってみると風呂場の前に親父がぶっ倒れていました。何度転んでも大したケガをしない父の頑健な体には敬服しますが、何度同じような事故をしてもちっとも学習しない父に猛烈な怒りがこみ上げてきます。

 「自分で風呂になんか入れないのに何でこんな馬鹿なことをするのか」と私が怒ると、「お前が風呂に入れといったからじゃないか」と反論だけは立派にしてきます。

 こんな緊急事態のさなかであっても、互いに相手を非難し合う親子のあさましい姿。しかしそこには60年もの間いがみあってきた親子の間の介護の難しさがあり、出口のない絶望感が漂います。

 結局、旅の準備といっても、出発間際までいろんなハプニングや雑事が襲ってくるので、「これから4日間の旅に出掛けるのだ」という情緒もなければ楽しい気分にひたれる余裕もありません。

 パスポートと財布の中身を確認し、リュックに着替えのシャツや下着を2、3枚入れて、あとは猫に4日分の餌と水をたっぷり用意すればそれで十分とします。飛行機が飛び立つまであと2時間になりました。

本誌:2010年9.27号 12ページ

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