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連載記事スローライフ~午後4時の窓辺から~

脱はんこ社会へ

 日本のお役所に深く根付き、未来永劫なくならないと思われてきた行政文書に必須のはんこ押印文化がついに見直されることになりました。行動力のある河野太郎規制改革担当大臣の背後には菅首相がいるので、いろんな方面からの反対があったとしてもこれは実現しそうです。

 はんこは日本七不思議のひとつといっても過言ではないユニークな存在です。日本中どこでも数百円で買える既製品の印鑑が署名(サイン)など足元にも及ばない絶対的な効力を発揮するのにも関わらず、ニセ印鑑の押印による被害が蔓延しているかというと案外そうでもなく、このあたりが外国人には、否、日本人にも摩訶不思議なはんこ文化です。

 ではいったい何のために押印が必要なのかというと、おそらく「昔からそうなっているから」というのがいちばん実状に近いのではないでしょうか。つい2年ほど前に管轄の警察署に車庫証明をもらいに出かけたときのことです。実家の車庫を登録したのですが、土地の所有者は亡くなった父名義のままです。私は印鑑をふたつ持参し、担当者の目の前で「土地所有者の承諾印」を押そうとしたら、担当者は「あっちを向いてやって」というのです。警察署ですらこんなにも融通がききます。病院の保証人になるときとか、あらゆる日常のシーンで堂々と代理署名できはんこさえ違えば何を押してもノープロブレム。はんこは無敵です!

 しかし、脱はんこ社会になったら、おそらく今までの形式的なはんこに代わって、本人自著が必須になり、また認知症になった親の代筆など今まで簡単にできていたいろんな手続きが極端に難しくなるのではという気がします。前述の車庫証明のような場合、はんこを押してくれるべき人はすでにこの世にいません。相続の値打ちなど無いに等しい土地でもお互い避けている不仲な兄と協議して、先ずは相続問題を片づけないといけなくなりそうです。

 考えてみれば、はんこはさまざまな問題をはらみつつも便利な存在だからこそ、行政も見て見ぬふりすることで社会生活が円滑に保たれてきました。この先、規制改革が成功し行政文書からはんこが消えても、印鑑文化は落款や賞状などに生き残ってほしいものです。たとえば叙勲に伴う勲記は大きな御璽が押印されている故の威厳と迫力という気がします。

本誌:2020年10月19日号 16ページ

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