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連載記事スローライフ~午後4時の窓辺から~

恐怖の金縛り

 20代から40代にかけて私は睡眠中によく金縛りにあって苦しい思いをしたものです。しかし、50代半ばになって両親の介護生活を始めたら慢性的な寝不足もあって夜中に金縛りに苦しめられることは次第にまれになりました。ところが長かった介護生活が終わり毎晩こころゆくまでゆっくり寝られるようになったら、またときおり息もできないような金縛りに苦しめられるようになりました。

 昨夜のことです。布団にくるまって寝ていたらふと廊下に人の気配を感じます。「あっ、泥棒に入られてしまった!この家には盗るようなものはないから諦めて出て行ってくれ」と恐怖に恐れおののきながら必死に祈りました。しかしこういう場合、事態は必ず悪い方向に進展するものです。

 次の瞬間、泥棒は廊下から私が寝ている部屋の中に入り込んでいるのが気配から分かります。とにかく電気を点けようと枕元のスタンドに手を伸ばすのですが、どうあがいてもスイッチに手が届きません。金縛りにあって体が全然動かないのです。そうこうしているうちにやつはすでに布団の裾のあたりにまで近づいているではありませんか。私は大声で何度も「南無阿弥陀仏」と唱えたのですが、泥棒か悪霊か得体の知れない男は去っていきません。「待てよ、我が家は日蓮宗だから『南無阿弥陀仏』では効果がないはず」などと考えているうちにハッと目が覚め電気を点けることができました。もちろんそこには泥棒とか悪霊がいた痕跡はありませんでした。

 夢でよかったと胸をなでおろしましたが、味わった恐怖は本当にリアルでした。そういえば父は晩年ベッドの下にいつも大きな玄翁(げんのう)を置いていました。不審に思って「こんな物騒なものをなんでベッドの下に置いているの?」と父を詰問したら、「寝ているときに強盗に襲われたらこれでたたきのめすのだ」と真面目な顔で言うので呆気にとられたことがあります。確かに玄翁の方がお経より実用的な気がします。

 人間の感覚にとって現実とは物理的に発生したことだけでなく、「現実だと感じたこと」も現実そのものなのかもしれません。これから先どんどん歳を取ってくると両親が味わったであろう老いの孤独と恐怖に私も立ち向かっていくことになるのでしょう。恐ろしいことです。

本誌:2019年5月27日号 16ページ

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