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マルちゃん

 「マルちゃん」の名前は誰でも知っているが、東洋水産という会社を知っている人は少ないかもしれない。東洋という名称を聞いて三井系の名門の会社であることを知っている人も少ないかもしれない。時価総額約4600億円超の名門企業である。この会社の創業者は森和夫氏で、ノモンハン事件の生き残りである。ノモンハン事件は欧米との全面戦争に入る前、旧ソ連と満州に駐屯していた関東軍との悲惨な戦いで、日本軍はほぼ全滅した。関東軍はこの後大本営の意向を無視して無謀な戦争に突っ走ることになる。森はその後第二次世界大戦の終結前に再度徴兵され満州に派遣され、6カ月ほど抑留され帰国することになる。帰国後家業の製氷会社を継ぐが魚の冷凍事業を買収し起業家として踏み出した。東洋水産のホームページによれば1953年3月のことである。森は水産講習所(現東京海洋大学)の出身で、東洋製缶の高崎達之助やキューピーの中島董一郎も同門である。水産講習所からは多くの人材が輩出されており、ベンチャー精神旺盛な校風を持っている。1961年4月にラーメンの販売に乗り出し、1962年5月に「マルちゃん」を商標登録した。高杉良は森和夫の生き方に感銘し、「燃ゆるとき」を執筆している。

 発売以来40年になろうとする商品であるが、依然として売り上げの中心となっている。「赤いきつね」(1978年発売)と「緑のたぬき」(1980年発売)は量販店などでも定番商品として定着している。水産加工メーカーとしての蓄積したノウハウを生かし、東日本ではかつおと醤油ベースのだしに、西日本では昆布だしと薄口醤油をベースに、地域ごとで味を変えている。このような見えないところの配慮が半世紀近くの間嗜好される商品となっているのであろう。ハインツの元CEOのアンソニー・オライリーの残した「当然かつ単純なことであるが、消費者はその製品がいい味だから食べるのである。」という名言を食品メーカーの企画担当者は心に刻んでおいてほしい。

 「マルちゃん」の成功を引き出したのは、優れた商品に加えて優れたコミュニケーション戦略である。「3年B組金八先生」は1979年から放送が開始された歴史に残る名番組である。この中の教員である坂本金八先生を演じたのが武田鉄矢である。武田鉄矢は文字通りのはまり役であった。その彼が前述の「赤いきつね」や「緑のたぬき」のテレビCMに出演し、世界中を駆け巡った。これらは素晴らしいストーリーとして消費者の記憶に蓄積されていった。未だに鮮明にCMを記憶している年配の消費者も多いと思われる。

 メキシコの国民食とも言える商品が「マルちゃん」である。メキシコでは下記のような表現がある。

①「議会がマルちゃんした」

②「マルちゃん作戦」

 ①は、早々と審議を打ち切った国会をこのように表現した。1990年頃からアメリカから輸出された「マルちゃん」はメキシコで大人気商品となった。その結果、メキシコでは「簡単にできる」「すぐできる」という意味として「Maruchan」が使われるようになった。②は、2006年サッカーワールドカップでメキシコ代表の速攻作戦を「マルちゃん作戦」と呼んだ。それほどの国民食となっている。

 ベトナムではバイクのことを「ホンダ」と言う。ベトナムではそれくらいホンダが浸透しているということなのであろう。競争の厳しい食品産業で一つのプロダクト・ブランドがその国の言葉として使用されるようになることは凄いことである。

 加えて、東洋水産はコーポレート・ブランドの「東洋水産」ではなくプロダクト・ブランドの「マルちゃん」を世界中に浸透させている。東洋水産のブランド戦略は優れていると言わざるを得ない。多くのFMCG(Fast Moving Consumer Goods=日用消費財)の会社は「マルちゃん」のケースを研究すべきである。

本誌:2017年10.9号 23ページ

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