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連載記事

朝日新聞、今昔㊦

 (前号から続く)

 「そこに…」と言ったもののテーブルの上にはもうエスカルゴはありませんでした。どうやらもともと6個しかなかったようです。それを私が一人で平らげたので五十嵐さんは少しムッとしていました。

 五十嵐さんは1991年7月筑波大学の研究棟のエレベーターの中でいまだ正体不明の何者かによって有望な前途を空しく絶たれました。こんなことならあのときエスカルゴを分け合っておくべきでした。

 今となってはエスカルゴを争ったこともいい思い出ですが、何百人ものパーティーにエスカルゴをたった一皿しか用意していなかった朝日新聞社にはどこか思いっきりのよさに欠ける何かをふと感じました。

 それから30何年かが過ぎメディアの世界も様変わりしました。なんといってもインターネットを通じて、かつては容易に独り占めできていた極秘情報が瞬く間に日本中はおろか世界中に伝播する時代になりました。ウソの記事を書いてもほどなくばれます。

 こうした時代背景にも関わらず朝日新聞は東電福島第一原発事故の吉田調書を極秘に入手し恣意的かつ悪意ある解釈を施してスクープとしました。疑問を投げかける他紙や週刊誌には攻撃的な恫喝を加え告訴し批判を封じ込めようとしました。

 一番ひどいと私が感じたのは朝日新聞に批判的な意見をいっさいシャットアウトしたことです。「何でも自由に書いてください」とお願いしておきながらジャーナリストの池上彰氏の紙面批判を掲載拒否し、世間の批判を受けると一転掲載するなど日和見的対応に終始したのには呆気にとられました。

 何という思い上がりか、と思いますがこれでは通常の記事でも朝日が気にいらない事象にはこれまでも平気で真実にウソを混ぜて報道してきたのではないか、という疑念を多くの読者にもたせました。

 今になって朝日新聞は社説やコラムを総動員して反省と謝罪記事を連日書いていますが、個人の過ちならともかくこういう会社の方針として犯した組織犯罪は二度と名誉挽回することはできません。太平洋戦争のとき戦意高揚記事を書いて軍国日本に協力した過去などすっかり忘れているようです。

 「解体的出直し」をすべきなどと世間も朝日新聞自身もかまびすしくかけ声をかけていますが空しい言葉です。

本誌:2014年10.6号 15ページ

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