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危険な車いす

 先日、父を病院に迎えに行って家に帰り着いたときのことです。いつものように父を車から降ろし、車いすに乗り換えてもらって玄関までの坂道を押していこうとしたら、車のエンジンがかかったままになっているのに気付きました。

 父が座っている車いすのブレーキをかけ、自動車の方へ行こうとした瞬間、まるでスローモーションのように車いすもろとも父が後方に回転しながらひっくり返りました。ありえない事故でした。いやあってはならない事故だったのに、車いすから道路の上に投げ出されてぶっ倒れているのは93歳の我が父。

 もうダメかと思いましたが結果的には肘やすねの皮をすりむいたぐらいで、翌朝医師の診察を受けた結果では脳の損傷は今のところ認められないとのことでした。大変な自己嫌悪に陥り、何て自分は不注意だったんだろうと後悔することしきりです。

 ところが大阪府で介護行政を担当している友人に電話して愕然としました。車いすの後方転倒事故は日常茶飯事だそうです。その理由は車いすのホイールの中心が背もたれの真下にあって後ろに倒れやすい構造になっているからというのです。たしかに後ろには簡単に倒れます。自動車はもちろん、自転車、ベビーカーに至るまで安全基準が厳しい我が国にあってなぜ車いすだけこうも安全に対して無防備なのかとあきれます。

 そもそも私が両親の介護にかかわり始めて以来、車いすの安全性について、ケアの専門家からも介護用品レンタル業者からも「後ろに倒れやすいので絶対介助者は車いすから手を離してはいけません」と言った説明はひとこともありませんでした。

 父には申し訳ない気持ちでいっぱいです。普段動作が鈍くなった父をせき立てては文句ばっかり言っている私ですが、今回ほど父に素直に率直に謝ったのは生まれて初めて。

 父は、「何ぃ、どこも痛うないし気にせんでええ」と言ってくれるのがとても辛く、息子の横着と不手際を責めない父は本当の人格者だと思いました。私のしおらしさは何日もつやら分かりませんが、とにかくこれから先2カ月ぐらい慢性硬膜下血腫のおそれがなくなるまでは贖罪の日々です。

 ひとつだけ救いなのは1日過ぎたら父はもう恐怖の転倒事故のことを忘れているらしいことです。

本誌:2010年9.6号 14ページ

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