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お節介おじさん

 親戚筋の日系カナダ人女性から、100年前に鹿児島県からカナダに渡った曾祖父の日本での足跡をたどろうとしたが万策尽きた、というメールをもらいました。

 今まで5年の歳月を費して、ひいおじいさんのパスポートや数少ないドキュメントを収集してきたが、聞くところによると日本には“コセキ”なるものがあるという、ぜひそれを見てみたい、でもそれはカナダ人の自分にとっては不可能…などと嘆いている様子を見て、俄然私のお節介心が刺激されました。

 何も諦めることはない、姓名、生年月日、本籍地が分かれば戸籍は簡単に取れるはず。私は親の介護の合間を縫って、岡山県立図書館に出かけたり、鹿児島の図書館や市役所に電話したりして、ちょっとでも関連資料が見つかったら一日千秋の思いで待ってるはずの彼女に逐一メールで知らせました。最後の手段として現地調査も辞さないとも。

 ところが何か変。私の報告や決意に対する返事には、感謝やねぎらいの言葉が書かれてあるものの何かしら、“ありがた迷惑”のニュアンスが。そういえば彼女は断片的な情報は伝えてきているけれど第1級資料であるパスポートの写しを送ってきていないことに私はいらだち、催促したらやっと届きました。

 唖然としました。「日本帝国海外旅券」には申請者の名前、年齢、本籍地が明記されているではありませんか。今までの私の苦労はいったい…ともかくあとは代理申請の手順を踏めば戸籍の写しは問題なく手に入るでしょう。

 調べようにも調べる糸口もない祖先のルーツ、ミステリアスでとうてい入手不可能なはずの“コセキ”、遠い日本のそのまた最果ての地で火を噴く桜島、それらは絶対的な拒絶として彼女の前に立ちはだかっているが故に彼女にとって探求する意味があったのではないだろうか?それを出しゃばりおじさんが簡単に解決してしまって…

 オーバーなまでに感謝の言葉を並べる彼女のメールの行間からはかすかに“どん引き”の不協和音が聞こえてきます。

本誌:2010年2.22号 12ページ

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