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連載記事

カイコ

 夏休み、NHKの“ラジオ子供電話相談室”に寄せられる子供達の質問を聞いていると、子供にとって依然として世界は驚異に満ちあふれた場所であることが再認識されます。

 「カイコは人間が何千年もかかって育ててきた家畜で飼育箱から絶対逃げていかないんだよ…」などという先生の説明を聞きながら私も子供時代カイコを飼ったことを思い出しました。

 卵からかえったばかりのカイコは真っ黒で大きさは2mmほど。そのころ家には桑の木がなくて近所から葉っぱをもらってきてはカイコに与えたものです。

 手のひらに載せたカイコはおとなしく、柔らかいくせに弾力があり、しかもひんやりとした感触が伝わってきて気持ちいい。そしていつの間にか大きな芋虫に成長します。

 やがてカイコの体に異変が起き、皮膚が半透明になってくるともう桑を食べるのもやめてしまい、糸を口から吐き出しながら繭をつくり始めます。やがて繭からはもとのカイコとは似ても似つかない蛾が出てくることの驚きと神秘。そして蛾がまた卵を産んで元のサイクルに戻る不思議。カイコは子供が夢中になるカブトムシなんかよりはるかに教育的示唆に富んだ生物です。

 人間も今70歳以上の戦争体験者は、人生の節目節目でカイコのように鮮やかにきっぱりと過去のイメージを捨て去りながら世の中の動きに適応して生きてきたんだ、ということが一回り上の世代の人の文学作品やエッセイを通してよく分かります。人間としてちゃんと成熟しています。

 それに引き替え、戦後世代の私はカマキリやバッタのように幼生のころの姿そのままに図体だけがいたずらに大きくなってむやみに斧を振り回してはバタバタしているだけ、そんな気がします。

本誌:2008年9.1号 12ページ

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