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連載記事

こーやん

 昭和30年代、小学校低学年のころ、魚の行商のおじさんが毎日村の家々を巡って来ました。おじさんの名は「こーやん」。

 こーやんは、魚が詰まった木箱を自転車に載せ、鐘をチリンチリン鳴らしながらやって来ます。その箱には、下津井物の魚が氷詰めされていて、冷蔵庫がまだ無かった時代のこと、私は氷をもらっては口に入れるのが楽しみでした。

 こーやんが魚の頭を切り落として空めがけて投げると、先ほどから上空を旋回しながらその瞬間を待っていたとんびが鮮やかにキャッチ。

 母は安月給の教師でいつも忙しく、町まで買い物に行く暇もお金もなかったのでしょう。鯖と鯨が日曜日ごと食卓にのぼっていました。癖のある鯨肉を母は上手に料理していました。“マリアナソース煮”という名前の逸品でした。

 マリアナソースとは、トマトケチャップとウスターソース、砂糖を混ぜて作るソースのことです。母がどこからそんなハイカラなレシピを仕入れてきたのか、元気な内に聞いておけばよかったと悔やまれます。

 昭和30年代の私の楽しい日々は遥かかなたに過ぎ去り、こーやんのことも夢のまた夢…。ところがです。40年ぶりに古里に帰ってみたら、こーやんは相変わらず毎日村々を行商しているではありませんか。親とそっくり、背が低く、丸い小さな顔をしたジュニア・こーやんが行商を引き継いだのでしょう!

 自転車を軽トラックに変えているだけで何もかも昔のまま。新鮮な魚と家庭菜園でとれる野菜を使った料理は、メタボの時代にあってはかなりのぜいたく。私も50年ぶりにこーやんに声を掛けてみようと思います。

本誌:2007年11.12号 12ページ

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