WEB VISION OKAYAMA

連載記事杉山慎策の経営学考察

山田方谷4

 累積赤字が年間売上の2倍強あり、毎年年間売上を超えるような赤字企業の経営改革を任されたらどうすべきなのだろうか。損益分岐点に到達するまでがむしゃらに売上拡大を目指すべきなのか、それとも、赤字を取りあえず無くし、それから成長を考えるのか、経営者としては迷うところであろう。

 オールド・スクールの経営学では、法則5のように一旦は赤字を解消し、その後成長させるという方法をとるべきである。それ以外の場合は、何らかの方法で資金繰りが保証されなければならない。近年プラットフォーマーと呼ばれるグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル(通常GAFAと呼ばれる)などは、間違いなく当初には利益に重点を置かず、グローバル市場での売上の最大化を目指して成功してきた。これは将来のIPOを狙ったベンチャー・キャピタルの投資があって初めて可能となる。つまり、赤字でも事業継続できる資金があるということである。

 現在のA点から目標のB点に行く場合道は無限大にある。aは成長率も利益率も追いかける戦略パスである。bは利益率は無視して成長のみを追い求める戦略パスである。マクロ経済学において最適経済成長理論では、距離的には少し遠くてもターンパイクという高速道路を使ったら早く求める目標の均衡点に到達するという理論がある。この理論を展開した一人に日本人で最もノーベル経済学賞に近いと言われていた森嶋通夫氏がいる。ターンパイクという考え方は経営戦略にも当てはまる。

 伝統的経営戦略は(c)である。つまり、取り敢えずは成長は無視して利益がでるようにし、その後集中投資をして求めるB点に到達するという戦略である。前述したように最近プラットフォーマーとして知られるGAFAは主に(b)戦略を追求して成功している。一番距離的には近い(a)は実は中途半端な経営になり、結局失敗する可能性が高い。限られた資源を最も効率よく活用する時には、利益率も成長率も達成しようとすると中途半端になる。選択と集中が非常に重要である。
【法則の6 経営戦略では選択と集中を進めるターンパイク理論が有効である。】

 方谷は取り敢えず(c)の戦略を採用した。前回述べたように、「一汁一菜」「俸禄の返上」「木綿衣着用」など「上下共常々質素節倹」を藩内に徹底した。ガバナンスの観点から賄賂などを厳しく取り締り、自ら範を垂れるように自分の家計を丸裸にして開示した。そうすることで方谷の実家は益々貧しくなった。

 最大の改革は大阪の蔵屋敷を廃止し蔵に残っていた米を高値の時に売却する方向に変えたことであろう。従来米の売買は大阪の商人に任せていた。方谷は米が高値の時に売却するという当たり前のことを実施した。勿論大阪の商人との借金の棚上げも大きな効果があった。しかし、これだけでは到底年収の2倍強の借金は返済不能である。やはり、「理財の外」のイノベーションを実現しなければ方谷の改革は不可能である。

 改革のためには原資が必要である。上杉鷹山は結局今までの借金の棚上げと同時に新たな借金をすることで、この改革のために必要な原資を賄った。方谷は商人達に「新たな借金は一切依頼しません」と明言した。では、どのように彼は改革に必要な資金を調達し、「理財の外」の改革を進めたのであろうか。

 多くの方谷の研究書ではこの点があまり明確にされていない。資金なしにミダス王のように打出の小槌で周りのものを「金」に変えられるのであろうか。勿論改革の方向は中国山地で産出される「砂鉄」を高梁川を利用して備中松山に運び、そこで、加工して「備中鍬」などを製造(つまり付加価値を加える)し、そこから高瀬舟で玉島に運び、それを江戸で販売することであった。しかし、「砂鉄」を購入する資金も必要であるし、同時に、「砂鉄」を加工し「鍬」に仕上げる製造工場の設置も必要である。加えて、今日のように自動化された製造プロセスではないので、製造工場には熟練した技術者が必要となる。製造業に身を置かれた経験のある人には自明の理であるが、方谷が実現した改革には、相当な資金と優秀な人材とノウハウが必要となる。確かに方谷は天才かも知れないが、製鉄工場の設計や熟練工の調達などが自在にできたとは想像し難い。言うまでもなく備中松山藩にはそれを実現する資金はない。では、方谷はどうしたのだろうか。

本誌:2019年9月2日号 19ページ

PAGETOP