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連載記事杉山慎策の経営学考察

JALのロゴ2

 前回津山市を今日の城下町に育てた森忠正の家紋である「鶴丸」とJALのロゴのについて述べた。JALの広報室からその類似性について正式な回答があったので、先ず、その回答を掲載しておきたいと思う。

 「弊社のロゴマークは、社員が、海外に日本をどうアピールするかを考えた結果、縁起が良く品格もあり、日本らしい鶴に行きつきました。この案をふまえ、米国の広告会社ボッツフォード社へ依頼し、提案いただいたデザインが、日本で古くから家紋として使われていた鶴丸でございました。そして、この提案をもとにデザイナーの宮桐四郎氏がデザイン案を試作し、ヒサシ・タニ氏が仕上げ、1959年8月15日に初代ロゴマークの鶴丸が誕生しました。

 岡山県津山市の森家の家紋と良く似ていると伺っておりますが、鶴丸そのものが和を代表する紋様の一つであることから、森家の他に武家・公家・日野家や、日蓮宗の寺章など、古くから公家や武家などで使われていたと存じます。弊社のロゴマークも、古くから日本で家紋として使われていた鶴丸を基本としてデザインされましたが、具体的にどこの家紋をもとにしたかという記録は、冒頭でお伝えいたしましたとおり、残念ながら残っておりませんでした。」

 一部には鶴丸は森家の家紋からデザインされたものであるという説もあるが、JALの公式見解はこのようになっている。津山市に所縁のある筆者としては誠に残念ではあるが、このJALの正式な見解を認めざるを得ない。

 JALは1989年の完全民営化に合わせてロゴを変更した。鶴丸はJAL文字を変更し、尾翼の一部に使用され、JALの文字のロゴはAが特徴のあるラムダに変更された。その後ラムダを丁度刀で切り裂くような形のロゴに変更された。このデザインの変更はアメリカの大手代理店であるランドーアソシエイツによるものである。4番目のロゴは2002年の日本エアシステムとの統合に合わせて実施されたものである。その後ご承知のようにJALは経営悪化のために2010年1月に会社更生法を申請した。京セラ株式会社代表取締役名誉会長稲盛和夫氏が代表取締役会長兼グループCEOに就任して再建を開始した。会社更生法申請2年後の2012年は早くも再上場を果たし、再建に成功した。稲盛氏が「経営の神様」と称えられるのもこの成功があるからであろう。再建途上の2011年4月から、前回述べたように、ある意味縁起の悪いロゴを止めて、元の鶴丸を少しシャープにした今日のロゴに修正した。

 JALのロゴが森家などの家紋をベースに作られたことは間違いない。家紋をそのまま会社のロゴに使用している会社も多くある。京都の島津製作所は先祖が薩摩の島津家へ貢献したことで島津の名前と家紋の使用が許され、これを会社のロゴに使用している。丸に十字のロゴである。

 三井グループは越後屋の開祖である三井高利が使用を始めたという「丸に井桁三」をロゴとして使用している。「丸」は「天」、「井桁」は「地」、「三」は「人」を意味し、「天地人三才」をシンボル化したものである。

 三菱グループの「スリーダイヤ」は創業時の九十九商会が船旗号として採用した三角菱が現在の原型である。これは岩崎家の家紋「三階菱」と土佐山内家の家紋「三ツ柏」に由来すると言われている。

 多くの家紋は平安時代から貴族階級で普及していた。鎌倉から室町時代、戦国時代にかけて、戦の際の敵味方の判別に家紋が使用され普及することになった。江戸時代の安定期には庶民階級にも家紋が広がったと考えられている。長い歴史のある家紋が現在も企業のロゴとして生かされ世界展開されていることに日本の歴史の深さに誇りを感じるのは筆者だけであろうか。

本誌:2018年GW特別号 23ページ

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