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不適切な行動への向き合い方

 研修や講演を依頼された時には、必ず事前に主催者の方と面談して、ニーズをお聞きするようにしています。研修を行いたい、講演の講師をこの人に頼みたい、と思ったからにはそこにきっと「お困りごと」があるからです。この研修や講演後に「こうなってたらいいな」というイメージや「こういうお困りごとが解決していたらいいな」といった点はないですか?とお尋ねすると、上層部の方や、研修担当者の方は様々なお話をしてくださいます。

 最初は、「我が社では」「あの部署では」といった話をしてくださっているうち、打ち解けてきたのか、私のことを信用してくださったのか、徐々に「困ったあの人」の話をしてくれるようになるのです。きっとあなたの身近にもいるはずです。「困ったあの人」どうして分からないんだろう、なんでそうなるんだろう、何回言えば分かるんだろう、普通とは違う…。

 腹が立ったり、諦めたり、理解しようと考え方を寄せてみたり、あれこれ手を尽くしても、やっぱり「困った人」のまま。上司やリーダーは頭を抱えてしまいます。上司やリーダーは「困ったあの人」の話題には事欠かず、話は止まらないのです。後から我が部下の、別のパターンの「困った人」も登場したりして。

 盛り上がる「困ったあの人」の話を聞きながら、私は声に出さずにいつも思っています。「困ったあの人」をなんとか変えてほしい、というのがご依頼の趣旨なのです。しかし、本当は変わらなければいけないのは、リーダー・上司の方なのです。

 アドラー心理学では、この「困った人のすること(または、しないこと)」を「不適切な行動」と呼びます。不適切な行動との向き合い方は、以前も誌面でお伝えしたことがあるのですが、私のアドラー心理学の学びの偉大な兄弟子である、小倉広氏の解説が誠に分かりやすいので許可を得てご紹介させていただきます。

 まず、その不適切な行動を2つの定義のうちどちらに当てはまるのかを考えます。それは、情緒的であるか、論理的であるかです。論理的定義とは「共同体に実体的な迷惑をかける」ものであるということ。実体的な迷惑とは①身体的迷惑=当たったら痛い、巻き込まれたら危険②経済的迷惑=お金がかかる③物理的迷惑=ものが壊れる―の3つに分類されます。例えば、きちんとした夫がいつも電気を消し忘れる妻にイライラし、何度注意しても直らない、いや直そうとしてない態度に怒りさえ覚えます。これは①②③のどれかに当てはまるでしょうか?一見②のようですが、LEDなら1日付けっぱなしでもほんの数円程度、蛍光灯なら逆に細かく消す方が電力を使っているという説も…。そう実は②でもありません。それは①~③のどれにも当てはまらない情緒的な定義、つまり④心理的迷惑なのです。心理的迷惑は、あくまで「わたしの気持ち」端的に言うと好みの問題です。

 まず、不適切な行動に出会ったら、この①~④のどれに当てはまるのかをセルフチェックをしてみましょう。①~③のどれかに当てはまらないのであれば、「正そうとしない」それが大切な向き合い方です。あくまで私の心理が反応しているだけで、それはものごとの見方、受け止め方の違い、つまりは、かかっているメガネの違いに過ぎないのです。

 不適切だ!と決めてしまったら裁こうとしてしまいます。裁こうとする気持ちが伝わると教育的な指導が伝わらないのだ、とアドラーは言いました。私の大好きな言葉に「違いは間違いではない」というものがあります。心理的迷惑であれば、単に違いであって、間違いではない。だから裁こうとしたり、正そうとしない。ぜひ心の隅に留めてみてほしいのです。相手に教育を届けようと思うのであれば、不適切な行動は「単なる失敗」なのだと考えた方が教育的な指導が届きやすいと考えます。

 では、どのようにして教育的な指導を届けていくのか。続きを次号でお伝えしていきたいと思います。

本誌:2018年3.12号 20ページ

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