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連載記事

朝日新聞、今昔㊤

 天候不順のまま一気に秋が訪れました。久々にからっと晴れた青空にまたしても暗雲漂う黒い影を落としているのが一連の朝日新聞記事ねつ造・誤報事件の顛末です。

 かつて「日本には4つの権威がある」と言われたものです。東大、岩波、朝日、NHK。今でも日本の権威として君臨している4者ですがずいぶん色あせたこのごろです。

 学生時代、朝日ジャーナルという硬派の週刊誌が朝日新聞社から出版されていて、真面目な学生にとってはバイブルのような存在でした。ある号でアメリカの活動家フレデリック・ダグラス(1818-1895)の著書からの引用翻訳文が朝日ジャーナルに掲載され大変感動したことがありました。

 私はダグラスの英語原文が読みたくて、さっそく有楽町にあった朝日新聞本社に出かけました。当時は今のように建物に入るのにセキュリティチェックはなく、仰々しい受付なんかもなくて(あったかもしれませんが)、そのまま5階か6階までエレベーターで昇り朝日ジャーナル編集部の職員にお願いしてその場で原文のコピーをもらいました。

 編集部といってもだだっ広く雑然とした新聞社のフロアに朝日ジャーナルの小さな「島」があって数名の編集部員がいるだけでした。そして隣には週刊朝日の「島」がありました。こちらも同じぐらいの小さな編集部だったのが今でも強く印象に残っています。全国に影響を与えている週刊誌もこんな少人数のスタッフによって作られているのかと大変驚きました。

 その次に朝日新聞東京本社(築地)に出向いたのは恩師の井筒俊彦先生(哲学者・イスラム学)が朝日賞を受賞され私も受賞パーティーに招待されたときです(1982)。その年の受賞者は司馬遼太郎、英文学者の中野良夫などそうそうたる顔ぶれで、私は立食パーティーであつかましく司馬遼太郎に話しかけたりしたものです。

 新聞社内にしつらえられた宴席の料理は質素でしたが、エスカルゴが6個載った皿が目に入りました。私が皿ごと手に取って食べていたら、サルマン・ラシュディの小説「悪魔の詩」を翻訳出版して、後に筑波大学構内で暗殺されたイスラム学の五十嵐一さんが近寄ってきて、「それどこにあったの?」と尋ねるのです。

本誌:2014年秋季特別号 18ページ

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