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老齢基礎年金

 七夕の日は私の誕生日でした。終戦直後、食料も物資も極端に不足している中、しかもこんな暑い日に私を生んだ母の苦労は相当なものだっただろうと想像されます。

 産婆さんを呼びに行った父が途中で道草をくって、ようやく産婆さんが駆けつけたときにはすでに私はぽんと生まれていたそうです。

 兄を生んだとき難産で死ぬ思いをしたのに比べ、お前は生まれるときから親孝行だったといつも言っていた母(の介護)を裏切ることはできません。あと10日ほどで94歳になる母は私をひとりで産んだまさにこの部屋で人生最後の静かな日々を過ごしています。

 さて、その息子もついに老齢基礎年金なるものをいただける年齢に到達しました。誕生日が来るのを待って岡山の年金事務所に請求手続きに出向きました。年金の仕組みの訳の分からなさは想像を絶します。すでに60歳になったときから公立学校共済組合から共済年金なるものが振り込まれていて、さらに64歳からはその額が増えました。

 私は65歳になっていよいよ老齢年金の支給が開始されると、いままでの共済年金プラス年額70何万かの年金が追加になるものとばかり信じて誕生日がくるのを待っていたのです。

 びっくりしました。「老齢基礎年金はすでに共済年金組合から併せて支給されています。今後は老齢基礎年金部分は日本年金機構から振り込むことになり、受け取り総額は今までと変わりません」ガーン!です。 何はともあれ残りの人生はこの年金をベースに生きていくほかなく人生はいつも正念場です。

 ところで年金事務所(岡山西)についてですが、書類の提出は「事務所」に持参するよう案内があったので事務所に出かけたら、「提出はこちらではなく、向かいの相談センターに行け」と言われました。こちらも年金をもらうような老人です。がんこです。素直ではありません。がんとして動かなかったら、「じゃあ、こちらで受け付けます」ということになりました。

 かつて運転免許更新業務に交通安全協会が深く関与していたように、年金業務にも退職OBを大勢抱えた相談センターが事務所の本来業務を代行しているのかな?などと勘ぐりたくなります。真相は如何に?

本誌:2013年7.22号 12ページ

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