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父の皮肉

 父が4カ月の入院生活から家に帰ってきてひと月が過ぎ、私のケアと食事療法によって見違えるように元気になりました。問題は介護している私より元気がよすぎることです。

 夜中の2時ごろ、早くも目が覚めた父が隣の部屋で寝ている私を呼びます。「こうちゃん、こうちゃん」と猫なで声で呼び始め、私が無視しているとそのうち「おい、コウジロウ!」と威嚇調になり、それでも無視していると、とうの昔に死んだ自分の親兄弟の名前を呼んだり、正月以後介護を放棄した兄の名前を呼んだりして、こんな状態が1時間ぐらい続きます。

 なぜさっさと行ってあげないの?と皆様不審に思われるのではないかと思います。虐待ではないかと。そうかもしれないのですが、24時間介護していると真夜中の覚醒にまで付き合いきれないのです。

 そうこうするうちに父は私を呼ぶのをあきらめてしだいに独演会モードに移行していきます。暗闇の中で子供時代の楽しかったこと、悲しかったことなどを一人芝居の役者さながら迫真の演技で語り始めます。語りが30分ぐらい続いたあと、ときおり歌謡曲も挿入。壁越しに聞こえてくる「ほろほろ鳥よ」とは、松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」の一節で父が若いころよく口ずさんでいたものです。

 そしてまた「こうちゃん、こうちゃん」が始まります。私は怒り心頭! ついに起きて父の部屋に行って「真夜中の2時に何がほろほろ鳥じゃあ! これ飲んでさっさと寝て」と病院処方の睡眠導入剤を口の中にねじ込みます。この薬は副作用がほとんどないかわりに効果は2、3時間。夜中じゅうハイテンションなくせに朝は6時頃からまた「飯はまだか?」の連呼が始まります。

 食欲が元気の秘訣ですが、これが腎不全で人工透析を受けて命を繋いでいる95歳とは思えません。ある日私が外出からの帰宅が遅くなり、父の夕食を作る気力がなく栄養剤やヨーグルト、お菓子などでごまかして寝かせたことがあります。

 翌朝いつも通り病院に行き夕方帰ってきた父に「透析中ウンチが出たりして困らなかった?」と尋ねました。前の晩飲ませた下剤が効きすぎて病院で粗相をしなかったか心配だったのです。父の返事はこうでした。

 「きのうはウンチの原料をいただいておりませんので」

本誌:2013年GW特別号 13ページ

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