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旅芸人パオロ

 先日東京に行った帰り、岡山行きの飛行機に乗りました。隣には白人の中年男がTシャツ姿で座っていました。日本人同士なら見知らぬ隣人とお互い取り立てて話なんかしないものですが、外国では飛行機や列車で隣り合わせた人とはあいさつ程度の会話をするのはマナーで、日本でも外人さんの横で黙っているのは妙に落ち着かないものです。

 離陸してまもなく、お茶が配られるころ隣人は私に日本語で「寒い」と話しかけながらバッグからしゃれたシャツを取り出して着始めました。私も「ナイス・シャーツ!」と言葉を返しそこから会話が始まりました。聞けば翌日倉敷でシャンソンを歌うというのでコンサートかと思って聞き返したらそうではなく、天満屋倉敷店で開催中のイタリアン・フェアーで歌うとのことでした。

 シャンソンを歌うというのでフランス人かと思ったのですが、モナコ生まれで当年60歳、パオロと名のり、在日40年の波乱に満ちた半生記を岡山空港に着くまでの小1時間興味深く聞かせてもらいました。

 「バブル絶頂期のころ初めて日本に来て毎晩赤坂のコパカバーナでシャンソンやカンツォーネを歌っていたよ。ギャラのほかにお客さんが気前よくチップをくれるんだ、一晩で20万、30万になったよ。それが今じゃリヤン(nothing)! ゼロさ」。

 「今は2度目の妻との間に女の子がいて27歳になる。最初の妻とは出会ってすぐ結婚して、毎日ケンカしてすぐ別れた。お互い若すぎたせいだろう。今のとは平和だよ」。バブルのころ日本人ギャルがガイジンさんにまぶれついていた(岡山弁?)光景が目に浮かびます。

 「ところで社長さんは何の仕事をしているんだい?」。「社長さん」という言葉にバブルの余韻があります。「両方とも90を過ぎた親の介護をしている。それで時々こうして東京へ息抜きに行ってるんだよ」。

 「そうか、介護は金がかかるから大変だな。うちも女房の親の介護で金は出ていくばかりさ」。ラテン気質丸出しで右手を懐に突っ込んでは出し突っ込んでは出しして金が逃げていく仕草をします。

 かつてコパカバーナでブイブイ言わせていた伊達男も昨日は長崎、今日は倉敷とギターを抱えて旅暮らし。「お互い今が正念場。頑張ろうね」と言って別れました。

本誌:2011年6.20号 12ページ

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