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忘却パワー

 日本人はなぜこうも「忘れない」という言葉にこだわるのかと思うことがあります。小学校や中学校でクラスメートが病気や事故で亡くなると、教室では「○○君のことはいつまでも忘れません」という寄せ書きを書きます。いや低学年ではそう書くよう心やさしい教師からアドバイスされるのかもしれません。

 「決して忘れない」という言葉をあえて弔辞や卒業式で口に出して誓うのは、裏返して言えばどんな悲劇でも悲しみでもそのうち忘れてしまうものだということを人はよく知っているからでしょう。

 しかし、考えてみれば「忘れる」能力は大切なことです。もし人間に悲しい出来事を時間とともに忘却する能力が備わっていなかったら今度は生きていくのが苦しくなります。

 自宅で手厚く介護してきた91歳になる母が6月末突然体調を崩し3カ月あまり入院しました。当初人工呼吸器の助けを借りて弱々しく息をしていた母が適切な治療の甲斐あって平癒したことは驚くべきことでした。

 ところが、重篤な症状で必ずしも命の保証がなかった母の入院中、母の顔を見に病室をのぞいたのはほんの数えるほどでした。9年前に母が骨折で2カ月間入院したときは毎日のように病院に寝泊まりして看病したのに……。病院近くのスーパーに出かけてもなぜか病院に寄るのはおっくう……。きっと丸10年の介護生活を通して私もやっと親離れができてきたのかなと都合よく解釈して落ち込まないようにしました。

 93歳の父はとっくの昔に女房離れができているのか、母が3カ月ぶりに家に帰ってきたというのに母の存在を忘れているかのようです。そのくせ私がプリントしてあげた両親の新婚時代の写真をながめては「お母さんはきれいじゃったろう!?」と何度も同意を求めてきます。

 私はそれには答えず「お父さん、お母さんが『私が退院して帰ってきたというのにお父さんはなぜ顔を見せないの?、私の入院中に1人で先に天国に行ってしまったの?』と聞いているよ」とからかうと「腰が痛うてお母さんの部屋まで行けんのじゃ」と間髪いれず言い訳します。

 屁理屈と健忘症と言えば一筋縄でいかない仙谷“総理”の必殺技ですが、父も政治家だったら官房長官が務まったかもしれません。恐るべき忘却パワーです。

本誌:2010年11.1号 14ページ

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