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野津君を悼む

 4月初め満開の桜の下、カバヤを支えてきた野津君(野津公エス・バイ・エル・カバヤ(株)前社長)が逝ってしまいました。あんなに心が若く、快活にして飄々、人を楽しませることにすべての情熱を傾けた人が。

 野津君とは中学校が同学年でしたが、同じクラスになったことはなく、「のづこう」とみんなに呼ばれていたのは知っていたもののちゃんと話をしたのは35歳にもなったころ、同窓会の席でのことでした。

 当時野津君は東京の印刷会社で働いていたのですが、印刷という産業の潜在力、可能性について私に熱心にレクチャーしてくれたことが昨日のことのように目に浮かびます。彼の話のスタンスは大手印刷会社に雇われている一従業員のものではなく、すでに物事を経営者の感覚で見ていたのには驚かされました。

 数年前、東京で中学校仲間が集まったことがあります。その席には林原グループに連なる篠原さん(旧姓林原)も同席されていたのですが、「昔からカバヤとハヤシバラの関係がよく理解できないんだけど」とぶしつけなことを聞きました。野津君は「親父が満州から引き上げて、そのとき持っていた水飴を…」と実に楽しそうに一族の歴史を語ってくれました。

 メーリングリストでもいつもユーモラスな話題を提供していました。真夏の夜、冷房を切ってしまう市民病院で汗だくになりながらお父さんを看病したこと、国富の実家のお母さんのこと、野良猫を撃退する方法を思いついたという話、庭に井戸を掘った話。

 思えば彼との交友はそんなに多くありません。お互いもっと年を取っていろんな義務から開放されたら、そのときこそ本当の交友が始まるだろうと私は願っていたのに…

 月並みなことが嫌いだった君に月並みな弔辞を書くのはもうよそうね。

本誌:2009年5.18号 14ページ

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