WEB VISION OKAYAMA

連載記事

危険な誘惑

 在宅介護で親を看ているものにとって毎年のことながら病院が休みになる年末年始は地獄の季節です。年明け早々、バンコクに出かける予定があり、ここで両親に異変があったらとても困ります。そんな時に限って…

 暮れの30日、日もとっぷり暮れたころ、そろそろ父に夕食を作らないといけないと思いつつも、散らかり放題になっていた書斎の片付けに没頭していたら、玄関のドアが開く音がしました。

 父が玄関から出ていったことには気付いたものの郵便受けでも見に行ったのだろうと、すぐに追いかけなかったのが間違いでした。すでに家の前の道路で転倒してまたも修羅場。

 「鼻血が出てる」とうめいている父を助け起こしもせず「なぜ転ぶのが分かっていて暗闇の中を外へ出ていくの!、しばらくそこで頭を冷やしといたら」と怒鳴る私。度重なる父の転倒、そのつど病院へ連れていきレントゲンを撮って、薬をもらって、しかもその薬を飲ませるのがまた四苦八苦。他人からみれば路上で父を叱る私の行為は決して人様に見せられるものではありません。

 暗闇の中、懐中電灯を頼りに何ものかに引き寄せられるように外に出ていった父ですが、たまには“外の空気”を吸ってみたかっただけなのかもしれません。

 「お父さん、もしかして死に神様がお迎えにきたのと違う?逢魔が時の今ごろが一番危ないの知ってるくせに。とにかくそんな誘いにホイホイ乗っちゃダメ!」

 転んで一週間、病院が長い休暇から明けるころになって、父があちこち痛いと言い出したのを幸いに私のバンコク滞在中は病院でお世話してもらうことになりました。

 家の外に出るのも命がけの父を尻目に熱帯の楽園で静養しようという息子は我ながら罰当たりですが、私だってたまには“外の空気”を吸ってみたい欲望にかられます。

本誌:2009年1.19号 14ページ

PAGETOP