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干し柿づくり

 実家の門先に大きな渋柿の木があり毎年たくさんの実を付けます。今年も晩秋の晴天に渋柿を干しました。

 でも、今時干し柿を喜んで食べる人もなく、2階の空き部屋には去年の干し柿がミイラとなってぶらさがっています。

 腎臓が悪い父には、カリウムが多い柿は毒ですし、種が多い我が家の干し柿は正月前スーパーに出回るような立派なものでもありません。つくるだけ手間…。

 ある年、通りすがりの老夫婦が「渋柿を取らないのならもらってもいいですか?」と声を掛けてきました。老夫婦は木を丸裸にして立ち去り翌年もまた実を採りにきました。

 この当たりが自分でも、かなりせこいなと思うところですが、我が家では不要なものとはいえ、あれだけ大量の渋柿をタダで持って行って菓子折のひとつも持ってこないとは、という気持ちになり、よし、来年は意地悪して断ってやろう!と待ち構えていました。

 すると、こういう気持ちは伝わるのか老夫婦は2度と来ませんでした。ひょっとして、あの夫婦は神様が人の気持ちを確かめるために老人に化身して現れていたのではないか?などとしばらくは柿が実るたびに思い起こされたものです。

 以来、樹上の渋柿は1月ごろ霜に当たって熟したところを野鳥の大群が襲って食べ尽くすにまかせてきました。柿の木の下に止めてある父の車の屋根には大量の糞と食べ散らかした柿の残骸がこびりついて塗装が痛み、車の掃除も大変です。

 結局は食べるあてもない干し柿づくりを再開しました。気がかりな老夫婦のことに心を痛めつつ、また、鳥たちにも申し訳ないので“木守り”の実をたくさん残して。

本誌:2007年12.17号 14ページ

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