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父の一言

 今年の正月明けから在宅で介護し てきた母の容体に異変が起きました。下血が見られ、高熱も出て呼吸が浅くなり血圧は低下、素人目にも今晩がヤマという状態になりました。

 あわてふためく私を尻目に家庭医は酸素吸入のひとつするでなく、「お母さん、穏やかな顔をされています。このまま静かに見送ってあげてください」というばかり。

 なかば諦めつつ父に状況を説明したところ、意外にも父は「点滴でも打ってもらったらどうか」と言い出しました。医師に父の意向を伝えたら、「お父さんの気が済むのなら」と食塩とビタミン主体の点滴をセットして帰っていきました。

 するともはや手に触れなくなっていた脈が感じられるようになり、弛緩していた指にも力が入ってきて私の手をかすかに握りしめてくるのです。そして夜があけるころには何だか生気が蘇った気がして、私は主治医の意向など無視し、昨年の秋にも母を救ってくれた病院の医師に母を託すことにしました。

 すぐに行われた血液検査の結果は意外なものでした。私が食べさせていた流動食が塩分控えめ過ぎていたため、極度の低ナトリウム症に陥って、心不全を招いていたのです。それ故、気休めにすぎないと思われた塩分主体の点滴が劇的に効いたというわけです。

 「点滴を打ってもらえ」の父の一言が母の命を救いました。さすがは60年以上連れ添った亭主だけのことはあると私も脱帽です。医師も息子の私も諦めムードに陥っていたのに父が見せた”技あり一本”に、長年父に対してわだかまりをもっていた私の心も解けてしまいました。

 それはまた、母が私に贈ってくれたビッグプレゼントであったという気もします。

本誌:2007年6.4号 14ページ

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