WEB VISION OKAYAMA

連載記事

ミーシャの妊娠

 犬や猫を飼っている人にとって避けて通れないのが避妊問題です。散歩途中で拾ったり、家に迷い込んで住み着いた猫は、メス2匹にオス1匹。

 これ以上増えてはどうにもならないことは目に見えているのに、かといって避妊手術にも踏み切れないまま、何とかこれまでは獣医師、ナカムラ先生秘伝のテクニックでごまかしてきました。

 秘伝の技とは、発情したミーシャ(♀)のお尻をティッシュペーパーで刺激してやること。本当は綿棒などで、もっとリアルにやるほうがいいらしいのですが、セクハラっぽい感じがして、そこまでできません。

 ともかく猫の妊娠メカニズムは、交尾の刺激によって排卵が誘発され妊娠するので、人工的に刺激してやれば排卵すれども妊娠なしで万事うまくいくハズ…だったのに。

 しかし、種の保存はあらゆる生物にとって最大の存在理由。賢い猫がいつまでも私の姑息な手段にだまされるわけがありません。連日お隣のクロちゃんが花束を持って誘惑に来るし、ミーシャとあまり相性の良くないムサシもまんざらでもない顔をしていました。

 そしてある日突然、ミーシャの乳が張っていることに気付きました。狼狽した私は行きつけの喫茶店に駆け込みオーナーであるマドモアゼルに相談したところ、即座に手術を勧められました。

 マドモアゼル自身、捨て猫を見過ごすことができない性格で、7匹の捨て猫ちゃんたちのお母さん役を引き受け、大変さも身にしみて感じておられるだけに言葉に説得力があります。

 それでも、今まで食の細かったミーシャがお腹の赤ちゃんのためにご飯をたくさん食べて目を細めながら、寝たきりになってしまった母の布団の片隅で昼寝している様子を見ていると、「立派な赤ちゃんを産んでね、でも4匹ぐらいまでにしといて、 お願いだから」と声をかけずにはいられません。

 共に90歳近い両親と、まもなく還暦を迎えようとしている私。マザーテレサが晩年に運営していたターミナルケア施設の名前は ”死を待つ人々の家”という名前だったそうですが、我が家もそういう死の翳(かげ)りに覆われた家であることに違いはありません。

 だからこそ、そうであるからこ そ、この家で新しい命を産み出そうとしているミーシャは私にとって吉兆を秘めた幸運の猫のように思えてしまうのです。

本誌:2007年5.21号 12ページ

PAGETOP